三極の戦乙女9
「え? えぇー?」
カミ子が間抜けな声を漏らしている。
そうだろう。間抜けだろう。さっきまで戦闘意欲ビンビンだったのにいきなり男がお姫様抱っこされるなんて現実的にも漫画的にもあまりにも情けないものを見せられちゃあそんな声も出るだろう。
何で、こんな情けないことになったの?
「お、下ろせ! 何いきなり、」
「すみませんゴトゥディン。ちょっと飛びますヨ」
「飛ぶって? おわぁ!」
飛ぶ。そう、飛ぶだ。しかし文字通りではない。むしろ落ちるのニュアンスに近かった。
僕を抱きかかえながら窓ガラスに特攻。パリーンと軽快な音と共に体でぶち破り、ゼクトと共に空中に投げ出される。
落ちてる! 飛んでるんじゃなくて落ちてる! と言うより人ひとり抱えてこの高さから飛び降りたらただで済むわけがない! もう地面が目の前に!
ズン! と体の芯に響くような鈍く重たい音。抱きかかえられた僕でもわかる。ゼクトの体に二人分の体重が加わった状態で地面に着地した嫌な音だ。
ゼクトは大丈夫なのか? 僕はゼクトの顔を見る……と言うより抱きかかえられているせいで顔はとても近い位置にあるのだけど。
肝心のゼクトは黙っていた。少々の間。まるでダウンロード中のような静けさ。ゼクトは動こうとしない。
「………大丈うおっ!?」
ゼクトは檻から飛び出た犬のように躍動し走り出す。走り出したのは、いいんだけど、予想以上の揺れる。落ちる落ちる!
僕は落ちないように咄嗟にゼクトの首に手を回した。
「わ。ゴトゥディン大胆。すごいロマンスですヨ。でも安心してください姫。サカナの腕はアナタを包み込むためにあるんですカラ」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃない、バカ! 前を見ろ、前! ぶつかる!」
目の前に迫りくる校舎の壁。この勢いだとぶつかる! だけどぶつからなかった。なぜならゼクトは跳んだ。そして窓ガラスぶち破った。今日で何枚目だ。
しかしそこからとどまることを知らないゼクトの速さ。
人一人抱えながら加速する。世界が右へ左へ流されていく。校舎内を走り回り、振り回されながらも涙目になりながらも僕は必死にしがみついた。
これ……ジェットコースター並みの速さだぞ! ただし安全バーは無し。
そして時間の経過とともにゼクトは減速していき、静止。必死にしがみついていたけどやっと下ろしてもらった。
「何とか逃げ切りましたネ。大丈夫ですカ?」
「お、おぇ………大丈、夫なわけあるかぁー! いきなり僕のことを抱っこして飛び降りて走り出して! 流石にいきなり過ぎて漏れるかと思ったよ!」
「それはそれで面白そうかも。あ、いや。すみませんでした」
「君が肉体派なのにも驚いたけど、窓に突っ込むなんて。怪我でもしたらどうす………え?」
怪我でもしたらどうする。冗談で言ったつもりだった。自分の腕を何となく見たら、小さな青あざがあった。普通に考えれば先ほどあれだけ鉄円柱を撃ち込まれたんだ。むしろその程度で済んだ方がおかしいだろう。
だがここはルールを変えることのできる異空間。設定したも中に痛みはあっても怪我は無しがあったはず。
青あざができることはないはずだ。
「どうなってんだ?」
「何がで、」
言葉が分断された。視界が一瞬のうちに瓦解する。
ゼクトと一緒に通って来た校舎が一瞬で崩壊した。目の前で起きる崩落に指一つ動かせないまま目を逸らせずに見届けてしまう。
ゼクトが巻き込まれるのも含めてだ。
「ぜ、ゼクト!」
「まさかと思うけど、逃げられると思ってたわけ? この私から」
瓦解した校舎から声と共にカミ子が現れる。
そうだ。逃げ切れるなんて思ったつもりはない。ただ、一瞬でも気を緩めてしまったんだ。
彼女は、上噛神子は『可能性持ち』なんだ。
今の僕では決して届かない、天上の住人。
いつもなら気を緩めずに逃げ続けたと思う。今までは一人だったから自分の力で何とかしなくてはと気を張っていた。
だけど今さっきはゼクトに助けてもらい、1人じゃなかった。そのゼクトが校舎の瓦礫に埋もれてしまった。
一人きりから仲間がいると言う安堵。だからこそ気を緩めてしまった。そしてまた一人きりと言う現実。
僕の中にあった一縷の覚悟がゼクトの登場と共に断ち切られ、そして退場してしまってもその覚悟は容易には元に戻らない。
一度断ち切ってしまった糸は決してつながることはない。
「うぅ……! クソッ……クソ! クソッ! つわっ!」
僕は情けなく尻もちを着いた。立って、逃げないといけないのに、足が言うことを聞いてくれない。
「立てよ……立て、立て!」
「情けない。さっき私に決死を持って正すとか言ってたのに。そんな情けない声を出して。本当に。情けない」
こちらに指を向けられる。本当に情けなく尻もちを着いたまま壁まで後ずさる。
「やめろ……待て! 異常事態だ! プログラムの設定が変わっている! 怪我をする設定に変わってる!」
「それが? そんなことどうでもイイ。これで、私の汚点は消える。長い足踏みは……これで終わる」
指先に陣が敷かれ、撃たれる。逃げられない。鉄円柱が撃ち出されようと先っぽが出てきた瞬間、カミ子は素早く横を向いた。そしてまた盾を召喚し、ゼクトの拳が防がれる。
「不意打ちなんて、騎士が聞いて呆れるわね」
「チィイ! 存外察しがいいですナカミ子!」
ゼクト! 無事だったのか!? でも何で、あの瓦礫に巻き込まれてどうやって……どうやって?
それは一目瞭然だ。そのおかしすぎる光景。無事だった? 違う。何事もなかったんだ。
『倒壊したはずの校舎の一部がまるで巻き戻ったかのように元通りに直っている』
そう、最初から壊されてないかのように。




