三極の出会い1
ボロッちい。まるで納屋のような家だった。
そこはマンションなどが建ち並ぶ住宅街なのだが『空気を読む? そんなん知ったこっちゃねぇよ』と言わんばかりに僕の住む一軒家は建っている。
部屋の隅。まるで燃え尽きた残りカスのように体育座りで膝を抱え、額を膝の皿に押し付けながら僕は怨霊のようなオーラを撒き散らし僕は塞ぎ込んでいた。
そんな僕を目にしたものは万人が万人、同情の念を抱くだろうなぁ。だが手を差し伸べてくれる者はいないだろうなぁ。
だって、完全なる自業自得だからだ。
しかし絶望している暇なんてない。足先に置かれた、学校帰りに買ったちょっとアダルトな週刊誌の上に置かれたぐしゃぐしゃの紙切れ。
本日補習からバックれた、その課題だ。
我ながらバカなことをした。まさか……課題が筆記ではなく実技だったとは。いや、普通に考えたら僕が受ける補習は実技しかないか。筆記なら補習を受けることなんてまずない。
くそっ。こんなことならお小言言われながらでも補習を受けるべきだった……!
目の前の紙を恨めしく思う。いや、恨むなら自分自身だ。まずは最低限の形にだけでも為さなければ。このボロ屋に一人なんだ。誰も助けてくれない。一人暮らしでは僕の悲鳴は誰にも届かない。
「……あいつの力を借りるのも癪だが、致し方ない」
最終手段。もう形振りなんかかまっていられない。
乱暴に物が積まれた、もはや塔と言ってもいい状態の机をまさぐり、一つのシールを取り出す。これは学校の悪友である静吉から押し付けられたちょっとした便利アイテムだ。
あいつの言う通りならこれで課題なんぞ万事解決のはずだ。
とにかくやってみよう。僕はシールにカタカナとひらがなを崩したような文字を書き殴る。一文字に一秒もかけないほど。つづるように書かれた文字はまるで引きずられた血痕のような筆跡。我ながら汚い字だ。
書き込み完了。あとはシールを剥がして適当なところに貼り付ける……とりあえず下敷きに貼って床に置いておこう。そして起動するのを待つだけ。僕はシールの前で胡坐をかき、まだかまだかと睨みつける。
「……………………………………………………………………………………………あれぇ?」
何も起きない。うんともすんとも言わないじゃないか。
「どういうことだ? まさか騙されたと言うのか? 静吉のやつ、ふざけるな! 動けこのポンコツが!」
動いてくれないシールに嫌気が差して僕は拳を木槌のように握り締めてごちんごちんと下敷きを叩いた。静吉の野郎。まさか本当にだまくらかしてくれたんじゃないだろうな。
不良品を掴まされたって言うのか。課題を簡単に終わらせられると一縷の希望を持った僕が馬鹿だったよ!
「いや違う! だました静吉が悪い! 静吉のバカー!」
拳を思いっきり振り上げて叩き下ろす。
まるで窓ガラスを拳で叩き割ったような感覚が腕から体に伝わる。それと同時にベキリ――――――――と、何か亀裂が走るような音がした。
呟く暇すらない。シールに亀裂が入る。同時に薄っぺらなシールは立体的に、まるで茹ったお湯のようにボコンボコンと膨張し始めた。
「何……これ?」
自問……したところで自答しかねーよ!
目の前のものは生きているかのごとく捩じれ、歪を孕んだ何かに変貌していくようだった。
異常だ。目の前に異常が発生している。
なんかこう、物語の冒頭とかに『非現実が舞い込んできた』みたいな煽り文がよくある気がすると思い出すのは余裕があるのだろうかと目の前の異常を前にして思ってしまう。
何が悪かった。文字列? 配置? それともシールそのものが欠陥品? 分かりもしない原因を頭の中で探っている間にもシールはどんどんそれは大きくなっていく。
遂に一辺が10㎝もなかったシールは僕の目線と同程度の高さまで膨張した。爆発するだろこれと連想できるもはやシールと言えない物質と化した何かは、殻を破るように勢いよく亀裂が多数入り、その隙間から危ない光が漏れ出す。
まるで原子力を形にした塊が目の前で蠢いているようだ。
そして光は一段と強くなり、部屋を覆い尽くし、
「やっぱり、僕は騙されたのか?」
呟くと同時に目の前の『異常』が襲い掛かってきた。