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三極の戦乙女5

 目の前の少女が自前でエレベーターと階段を作ることができ、前進のみだが高速移動が可能………つまり上下を簡単に行き来できる空間の支配力と前進のみだが高い機動力を得たことになる。


 大問題だ。今までただ鉄の射出ぐらいしかしてなかった……まあそれだけでもお釣りがくるほどにとんでもないんだけど。これだと今みたいに上に逃げようが下に逃げようが簡単に追いつかれてしまうじゃないか。


 パルクールによる逃走のメリットと唯一のアドバンテージが完全にパァ。つまりこの子から逃げきるのも難しくなったってわけだ。

 冷や汗が頬を伝うなんてレベルじゃない。


 根本的な状況の修正が求められる現状。カミ子は今まさに完全無欠ともいえる移動砲台となってしまった。


 それでもまだ逃げる方法はある。やはりあくまで僕を視界に入れていないと高速移動出来たって意味がないこと。


 僕は眼球だけで周りを確認する。

 今すぐここから離れ、カミ子の視界から逃れるためのルートを考えないと。と言ってもほぼ手詰まり状態だ。さすがに屋上から飛び降りることもできないし屋上の鍵はまだかかっている。

 逃げる道筋が思いつかない。


 ジリ、と足元の砂利を退かすように地面を擦ると同時。肩のあたりに小さな召喚陣が敷かれた。



「何だこれ!?」



 すぐさま飛び退くがその先にも同じようなものが、そして点滅するように陣の斑点は空間を覆っていく。

 僕をを中心に、まるでいくつもの銃口が狙っているような………いやいくつもの銃口がこちらに狙いを定めている。



「ま、これ全部鉄円柱の陣? 流石にこれは避けられない! ちょ、カミ子さん? カミ子さーん!?」



 どこに動こうにも完全に隙間なく陣が敷かれて動きようがない。

 陣からは少し鉄円柱が覗いてる。今にも発射しそうだ。牢屋にぶち込まれて、拘束椅子に座らされて、拷問される直前のような心が硬化していくような気分だ。



「そう。避けられない。ならどうしたらいいか。ちょっと荒っぽいけどこれならアンタも三立を出さざるを得ないだろ!」



 カミ子は手を突き出し親指と中指の腹を合わせる。



「ねえ、鉄の弾幕。見たことある?」

「だから僕は三立なんてゴォッ! ガギャッ………」



 それはカミ子の指パッチンが引き金となった。


 一斉掃射。そう、一斉掃射だ。

 陣から発射された弾丸は視界を覆うほどの鉄の弾幕。一つ一つの音はキィンだのバキンだの短く拙い金属音だが、数が数を呼んで音が重なり、波になり、カーテンになり、一つの音へと昇華させた。音が止むことはなかった。


 そして一斉掃射は時間と共に止む。硝煙のない銃撃。地面は抉れ、粉末状になった地面の煙が晴れていく。


 しかし残念だ。すでにそこには僕はいないよ。


 本当に一瞬。職人芸ともいえる神業的速度だった。

 撃ち始めの直後、一瞬のうちに扉に向かい、ドライバーで鍵をこじ開けた。人間、追い詰められたら眠っている力が発動するとか言われるが、まさにそれに近い気がする。

 それで何とか扉を開けて下の階へと逃げることに成功した。


 だけど満身創痍。そう、満身創痍だ。

 

 鉄の弾幕は避けきれるものじゃない。いくつかは僕の体に突き刺さり、確実に体の各所に痛みを刻み込んだ。だけど怪我をしているわけじゃないから動く。足を引きずり壁にもたれながらも僕は何とか歩いていた。



「イッッッテぇ………! カミ子のやつ……! 無茶しやがって! でも何とか逃げられた。何とか、何とかして逃げ切らないと、」



 天上からふりそそぐ瓦解音。ゴン! とそれはやつれきった精神にとどめを刺すのに十分な轟音だった。


 目の前の天井が崩れ段差状の陣が出現する。こつん、こつんと最初自分がやったようなゆっくりした足音が耳に届く。



「く…………ソ!」



 音の振動でよろめきながらもなんとか近くの教室に避難できた。


 頼む。そのまま別の場所に行ってくれ。僕は両手を合わせて祈るように身を潜める。だけどその祈りは届かない。廊下と教室を仕切っている壁が薙がれるように破壊される。


 今度はすぐに逃げずにその場に留まっていた。

 いや、動かなかったが正しいのかもしれない。もう、心身ともに限界に近づいてきているのが手に取るようにわかる。



「いつまでも逃げ切れると思ってるの? 三立の一つでも使ってみたらどう?」



 壊された壁からゾルリと顔を出すカミ子。もうこのやり取りは何度目だろう。僕は今まで、どうやってこの子から逃げてきたのか……思い出せなくなってきた。



「使えたら、とっくに使ってるっての……!」



 軋む体を走らせ窓を開けるが、何かが身体の進行を阻んだ。

 窓の先に現れたそれ。窓にぴたりとくっ付くように薄く、教室の窓を全て覆う馬鹿でかい鉄円柱だ。


 へ? なんて間抜けな声も出るさ。今まさに窓から逃げようとしたのに蓋されて閉じられてしまえば。


 僕は探るように鉄に触れる。在りもしないのに。僕の手は藁にすがるように出口を探した。パントマイムの様に触っては別のところを触るを繰り返す。



「うぅ………嘘だろオイ。開け。開け! 開けよ! 開けよ! 開けよッ!」



 鉄円柱を叩き殴る。頼む。頼む。頼む! 開いてくれ開いてくれ開いてくれ! 心から懇願した。心の底から願った。蓋よ開け。道を作れよ。このままだとカミ子にやられるだろ!



「無理だよ」



 錯乱していた僕をどん底に突き落としたのはカミ子の無慈悲な一言だった。

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