三極の戦乙女4
そう、勝てなくとも逃げるだけならいくらでも思いつく。
僕は手に握りこんでおいた握り拳ほどの瓦礫、天井は瓦解したときの欠片を投げつけた。先ほど倒れた時にカミ子に見られない位置で拝借したものだ。
しかし投げつけると言っても当てるつもりで投げるわけもない。
むしろ避けてもらうためだ。下手投げで意識を欠片に移してもらうためにカミ子の顔面に投げたんだ。
反射運動。人間に備わっている力。カミ子は投げられた『避けられる』欠片を反射的に身体を大きく横へと動かす。
その一瞬でいい。僕は急いで廊下の窓の鍵を外して、先ほどと同じように窓から外に飛び出す。
またしても無重力。身体がふわっと空中に投げ出されるこの感覚。さっきとは違ってここは二階だからまだ無事の保証はあるけど、それでも二階から着地したら体全体がしびれてしまうだろう。
だけど運が良かった! そう、運も実力のうち。たまたま窓の下に一階の屋根の部分があった。それが足場代わりになった。
確実に運が向いてきてる。ここは戦略的撤退だ!
「逃がさない!」
「逃げちゃうね!」
気を逸らせたのも一瞬だ。すぐに追撃の弾丸が襲ってくる。
僕は転げ落ちるように屋根の部分から飛び降り中庭に逃げる。見晴らしのいい場所では格好の的だ。
出来るだけ狙いを付けられにくいように不規則なルートで別の棟の校舎に侵入する。
そしてすぐさま近くの教室に入り椅子を窓にブン投げる。
パリーンと痛快な快音と共に割れる窓ガラスだがそれを放っておいて教室から離脱。同じく廊下に置いてある消火器を適当に廊下を走ったのちに窓にブン投げまたカチ割る。兎に角そこら辺の窓ガラスを割る作業だ。
カミ子の唯一の弱点。それは移動式の砲台だからと言ってカミ子自体に機動力がないことだ。
一度陰に身を潜ませて、大きな音をそこらじゅうで出せばカミ子は単純にどこに行けばいいか迷うだろう。彼女の召喚術の肝は見えているからこそ最大限の効力が発揮される。そこを利用する。
ひとしきり窓ガラスを割った僕は一階から二階へと昇り、また窓に足を掛ける。だが今回はさっきみたいに飛び降りるのではなく上の階に登るために窓の外に出たんだ。
排水のパイプに足を掛け三階へ。窓の縁を歩き、渡り廊下の屋根を走り、また別の校舎へ移り、また排水のパイプを登り、屋上の柵を乗り越え最初いた校舎から遠く離れた校舎の屋上に到着する。
やっと、やっと一息つける。今度こその安息。糸で操られたように強張る体を緩めその場にバタンキューとパズルゲームのごとく僕は崩れた。
「ハァ! ハァ! チックソ! ここまで! ここまでアブノーマルな逃走経路ならさすがにカミ子も追ってこれねーだろ! ははッ! ざまぁみたらし団子!」
逃げ切った犬の遠吠え。ある意味誇れるものだと思う。インパラがライオンから逃げ切ったようなものだ。野生は生き残ったら勝ちだ。
だけどずっとここでハァハァ息を切らして寝転がってとどまっているわけにもいかない。早いところ適当な階に下りて有用な道具を拝借しなければ。そしてカミ子を縛り上げて卑劣な写真を撮る準備を整える。
大丈夫だ。これは正義の行いである。義勇成れ、僕。
下の階に降りるための扉は………もちろん鍵がかかっているか。普段使わないもんなこの校舎。
「どうするかな。いくつか道具は拝借したけど……マイナスドライバーで鍵壊せるかな」
調理室からスプーンを拝借したようにカミ子に接触する前にいくつか道具を持ってきた。マイナスドライバーもその一つだ。屋上の鍵もすんごいアナログ仕様だし壊せないこともないだろう。
「驚いた。アンタ、パルクールができたんだな」
この声? 一瞬で体が強張る。恐る恐る後ろを振り返ると……いたよ。
空中にカミ子が立ってる。腕を組み、強者然と君臨するその態度。あまりに目を逸らせない情景だった。
「真面目に聞くけど、どうやって空中でそんな立派な仁王立ちができるんだ? 君の三立は鉄を打ち出すだけだろ?」
「私もさっき思いついたんだけどね」
カミ子は上へとスライドした。そしてすぐわかった。空に立つ仕組み。カミ子は足元に陣を敷いて鉄円柱をエレベーター代わりにしていたんだ。
「お、応用力あるな。君頭いいね」
「意外に面白いもんよ。移動は楽チンだし空中に段差作って陣を出せばこんな風にちょっとした階段も作れる」
言った通り空中に段差を作りながら陣が展開され薄い鉄円柱、シルバートレイに似た足場が出来上がってカミ子がゆっくりと降りてくる。
「それにこうやって陣を地面に対して水平にして出せば………」
今度の陣は小さい。そこから出たのは箒の取っ手のような鉄円柱。神子はそこに跨り、鉄円柱ごと近くまで突進してきた。
眼前まで迫った神子の笑み。キスの直前。僕は生唾を飲んだ。顔が近い。だけどそれ以上に恐ろしい。この子、一瞬のうちに間合いを詰めてきた。
「まあこんな風に直進限定だけどちょっとした魔女っ娘気分を味わえるようになったわけ。結構革新的だと思わない?」
同意を求めてくる。その言葉に素直にハイと応えろというのか。無理を言うな。こんな現実認めたくない。
魔女が箒に跨って空を飛んでいるなんて一般にまで浸透したイメージだ。いざ目撃しても驚くことはあってもそれに恐怖することはない。未知に驚くことはあれど三立の浸透したこの社会で箒にまたがって飛ぶぐらいじゃ驚きはしない。
だけどどんなに認めたく無くてもこれは現実だった。




