三極の側人-side神子-
私は走っていた。
そこは廊下。昔からある約束事『廊下は走っちゃいけません』の張り紙。
しかしそれを律儀に守るやつはそういない。けど高校生になって走るやつもそういない
そしてもちろん私も守ってない。座右の銘は『既成概念への攻撃』だ。
昼休み。そう、昼休みだ。
午前と午後の中継地点。一日の節目。人の賑わう時間帯。
談笑。昼食。遊戯。復習。やることなすこと人それぞれの多種多様。
しかし人などいない。当たり前。ここは異空間。意識の中だけの世界。
なぜ走る。主人公を見つけるため。耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ましてこの身を前に進ませる。
今の私はトランス状態のように鋭利な感情で動いていた。
心の底から胸を躍らせ、小槍の上でダンスを踊っているような気分だ。私にとって主人公とのこうした交流が今一番の生きがいとも言えるからだ。
窓から射す光。しかし空は青くなくむしろ白に近い、と言うより影の部分とそうでない部分。その二つがはっきりと分かれていると言った方が正しい。影の部分はとことん黒く、そうでない部分はいつも通り。
どこかしらゴシックな印象が見受けられる。
「ん? これは」
足を止める。
耳を澄まさずともわかる。誰もいない空間だ。音がしたら嫌でも耳に届く。
コンクリで固められた廊下に反響する地面を擦る足音。コツン………コツンと間を置いて、這い寄るようなゆっくりした足音。
歩いている。本当に何の音もない空間にその足音は耳に届くのだけではなく緊張感をあおるように心臓を叩いてくる。
あいつの好きそうな演出だ。常に相手の動揺を誘い、虚を突いてくる。
そのせいでこの一ヵ月間で行ったプログラムでの戦いの中でフィールドを全裸で徘徊する羽目になったことすらある。
廊下の角。右への曲がり角。渡り廊下に続く道。
私は身構える。
「何やってるのカミ子君。そんなところで身構えて」
この声は、口鬼静か。
少々驚いたけど、口鬼静とわかった途端に体の緊張が解きほぐれた。
「口鬼静か。いい。この戦いは私のものだ。手出しは無用。もしするって言うならアンタだって容赦しない」
「怖いねぇ。だけどウチたちはチームだ。直接何かをするつもりはないけど、ウチが負けを認めた時点で君も負けるんだ。好き勝手やっていつの間にか負けてたなんてのは嫌でしょ?」
脅しているのか? わざと負けてやろうかとでも言っているのか。
「姿も見せないで……要求は何?」
「君が好き勝手するのは構わないわよ。ただチームとして連絡手段の一つでも必要だとは思う。教室に入って話し合いましょう。備え付けのティーセットでお茶会をしながらね」
こつんこつんと足音がまた響く。おそらく過度の教室に入っていったのだろう。
そんなゆっくりするつもりは更々ないのだけど、相方の身勝手で勝負を落とすことになるのは癪に障る。ここは素直に教室に入ろう。
仕方がない。
私はため息をつきながら歩みを進め、口鬼静が入ってイッタであろう教室の扉を開けると、そこにいたのは腕を振り被った主人公がいた。
「ムグっ!」
主人公が突き出した手に口をふさがれる。足を引っかけられ強引にも腕を使いゆっくりと地面に押し倒された。
抵抗する暇もない。主人公は私の口を塞いでいた手を移動させ視界を遮るように頭を鷲掴まれる。何も見えない。
そして視界が遮られた直後に首筋に冷たくも硬い金属の棒のようなものが押さえつけられる。もしかして……これは刃物の類か?
一瞬の間の出来事だった。理解した時点で、既にコトは結果として終わっていた。
「主人……公……!」
「君も甘いな。声真似一つ見抜けずにのこのこと僕の誘いに乗るなんて。まさに愚の骨頂。こうして無様な恰好をっと!」
後頭部を床に強く叩きつけられる。その衝撃で脳が揺れる。
「グァッ!」
「今僕を撃ち抜こうとしたな。油断も隙もない。だけど視界を遮られかつ、頭を揺らされれば撃ちだすこともできまい」
掴んだ手で私の頭を持ち上げてそのまま地面に叩きつける。
なるほど考えたものだ。視界が開けてなければ陣を的確に敷くことはできない。
行現で三立を使おうとするものなら行動を起こそうとする時点ですぐにバレる。三発現の一つ『思現』を使おうものなら考える時点でタイムラグが生じる。
陣の発生する音がすれば叩きつけて脳を揺らして妨害する。
何と言うことだろう。完璧に対策された私対策じゃないか。まさか開始早々こんな手詰まり状態にされるなんて。
「アンタ……やっぱり今まで手加減してたのね」
「まさか。今でも内心ビクビクさ。こんなにもうまくいくこと自体出来過ぎてるんだ。さて。君はもう打つ手はないだろう。負けを認めるんだ。それが嫌だって言うなら、こちらで引導を渡してもいいんだがな」
コンコンと首筋に当てられた棒で叩かれる。
肌に当たる感触からナイフのような類だと思う。
「つまりそれで私の咽を掻っ切るってわけ?」
「大丈夫だ。怪我はしないように設定してあるから赤い液体を垂れ流すことはない。だけど痛みはある。嫌だろう首を掻っ切られる痛みを体験するなんて。痛い思いをしたくないなら降参するんだな」
脅しか。だからプログラムのルール確認の時に怪我は認めず痛みを認めてほしいと言ったのか。
いや、それだけじゃない。今この体勢。
三立を実行しようものなら後頭部を床にたたきつけられるこの状態。痛みがない設定だとそんなの関係なしに三立を発動で来た。
今この状態を想定して何重もの意味を込めて痛みの設定をONにしたのか。
「アンタ、やっぱり相当頭が切れてるな」
「褒め言葉だ。うれしいなぁ。君が僕を認めてくれるなんて。そう思うなら負けを認めるんだ。さもないと地獄の拷問タイムだぁ」
地獄の拷問タイムなんて間抜けな字面だ。こっちとてのどを掻っ切られるなんて更々ごめんだ。
だけど。
「アンタの言うことを聞くなんて、まっぴらだ。ベー」
私は拒否の意を示すために思いっきりあっかんべーをする。
そして、それが目的だ。
「舌の上に、陣!?」
「ふらいら」
舌から打ち出されるそれが、開戦の火蓋となった。




