三極の始まり2
「いいかいカミ子。僕は君に勝ったわけじゃない。あれはルール上僕の勝ちってだけだ。君の望むズタボロのコマ切れのような勝負方法では二分としないうちに有言実行されるだろう。君は僕よりはるかに優秀だ。それこそ君は世界で上から数えた方が早いし、僕はトップ三十億ほどの凡人。いや、それ以下の無能。それぐらいの差があるんだ。君のやっていることは弱い者いじめと変わらないんだぞ」
「知ったこっちゃない。そんなのどうでもイイの。存在するのは私はアンタに負けたって事実。その事実がある以上勝たないと私の気が済まない。分かる?」
血気盛んな事だ。彼女の脳内は鮮血に満ちた血の池地獄とも………言い過ぎか。でもそう比喩しても間違いじゃない程好戦的。本当に弱い者いじめなのに。
「だからこの前の勝負は静吉の決めたルール上の勝負だろう? 真っ向からの、それこそ喧嘩事な勝負内容なら僕はすぐさま君にジャンクにされて粗大ごみの日に出される状態になる」
それに、と僕は少しの後ずさりをしてすぐ後ろにある柵の一歩手前。腰を支えに柵にもたれかかる状態になった。
「僕は君にはもう勝てないけど君も僕にはもう勝てない。なぜならもう君と喧嘩事をするつもりはないからだ。普通ではありえない。あり得ないほど無能な僕が最高最優の『3Ⅴ』である君に勝ったって事実は確かに本当だ。このあり得ないほどのジャイアントキリング。後世に語られることは不可避だ。これはもう勝ち逃げ路線直行って話だ。悔しがれ。君に勝ったこの僕に一生の劣等感を抱えこめ。カーッカッカ!」
彼女の精神を逆撫でするようにケタケタと笑う。予想通り。彼女の目には攻撃色が浮かび上がる。見るからにお怒りだ。爆発寸前の風船を目にしているようだ。
ああ、愉悦。直情的な脳筋を小バカにして、わざと怒り心頭にさせるのは、何て快楽に満ちた下卑た趣味だろうか。だって仕方ないもん。からかいやすいカミ子が悪い。ちょっと突いただけで本気になってくるかカミ子が悪い。
まあそれを利用して意地悪する僕も悪いけど、向うが喧嘩を吹っかけてくる以上どっこいどっこいだ。
「絶対に逃がさない。私は、アンタに勝つまで、棺桶の奥底にでも追いかけてやる」
「新手の告白ありがとう。でもやっぱりダメだ。君の『想像』も『願望』も痛いほどビンビンに伝わるけど。何より、僕のことを何も知ろうとしてない。今もこうやって、柵に背中を預けてたら何を仕出かすか、それをわかっていない」
そう吐き捨て落ちた。
預けた背中は支点。引力に逆らわず。まるでシーソーのように頭の先から無重力を感じる。
その行動を見た彼女。反転して落ちる直前の表情。まるで口から心臓が飛び出て、そのまま噛み砕いた様な表情。とても愉悦だ。
「わ、ちょ! 頭から落ちた!?」
心配そうな声を上げるカミ子をよそに僕はくるりんぱと身体を一回転させてちょっとした広さのある縁に手を引っかける。
「早く早くっと」
僕はすぐに縁に昇ってはすでに鍵を開けておいた窓に手をかけ、校舎の中に入る。
素人ならすぐここで階段を駆け下りてカミ子から逃げるなんてことをするだろうが僕は違う。僕は窓際に立って耳を澄ませる。
『消えてる……! やっぱり最底辺なんて嘘っぱち……!』
カミ子は目の前の、俺が落ちた光景に声を張り上げ、先程までの威勢なぞかなぐり捨てて心配するように柵から下を覗き込んでいるだろう。
だけど上から見下げた眼球に僕は映り込まない。影も形もない。どこかに引っかかってるわけでもなく、落ちてグズグズに崩れた肉塊のたんぱく質状態でもない。そこに『存在』しないのだ。
だって僕はすでに校舎の中にいるのだから。
カミ子が悔しそうなセリフを言った後、ダカダカと走る音と屋上の扉を殴るように開ける音が聞こえた。
頃合だな。僕は下の階に来た道のりをそのままに踵を返して屋上に舞い戻った。
存外下の階から窓を伝って屋上に戻るのは骨が折れる。妙な疲労感だ。
「行ってくれたか………よっと」
彼女は勘違いしていたが、簡単に言えばちょっとした下準備あってのトリックだ。
頭から落ちた時、そのまま一回転してうまく下の階の縁に手を引っ掻けて、急いで登り、あらかじめ鍵を開けておいた窓から下の階に侵入。彼女が屋上から出ていくのを見計らって同じルートを通って戻ってきたと言うことだ。
彼女に振り回されるのは骨が折れるけど、こうでもしないと他にどんな被害が及ぶか、分かったものじゃない。
「静吉の奴………ホントに厄介なこと押しつけやがって」
今ここにいない悪友に悪態を垂れながらぐしゃぐしゃになって放置された課題をポケットに無造作に突っ込む。
帰ろう。もちろん教室には戻らない。