あの人と喫茶店②
立ち尽くしている私を見て、長瀬くんはこう言った。
『藤原さんも、座ろ?』
このまま立っていても話せないので、私は大人しく座る事にした。
「何か私に用でもあるんですか…?」
店員さんが運んで来てくれたお水を一口飲んで、私はそう聞いた。
『久し振りに藤原さんに会って、話したかったんだ…。』
今更、そんな事を言われたって遅すぎる。
あの時の言葉、視線は私をトラウマにさせたのに…。
「私は、あなたと話す事なんて…ありません…。」
ちょうどその時、店員さんが注文を取りにきたらしい。
『ご注文は、何になさいますか?』
『僕は、アイスコーヒーでお願いします。藤原さんは、アイスティー?』
アイスティーは、中学生の頃から大好きな飲み物だ。
だけど、どうして長瀬くんが知っているのか不思議だった。
「…アイスティーでお願いします。」
『かしこまりました。』
店員さんが厨房に入っていく姿を見ていると、長瀬くんが私を見ていた。
『アイスティー、やっぱり好きなんだね。中学の頃もよく飲んでたの見ていたから。』
「…好きです。」
どうして、そんな優しい目で私を見てくるのだろう…と思いながら、また一口水を飲んだ。
『藤原さんに話したい事は、“あの時”の事なんだ…。俺は、あの時…藤原さんを傷付けた…。あの日から、ずっと後悔してた…。』
長瀬くんは、“あの時”の事を謝りたくて、私をこうして誘ったんだ…と思うと、少し嬉しかったけど、あの時からの想いは消えない。
「私、あの時…あなたに告白をしようとしていたんです…。だけど、あなたは…冷たい目をして…私を突き放した。それから、ずっと恋が出来ませんでした…。」
『ごめんね…。藤原さんの気持ち、薄々分かっていたんだ…。それに、僕も好きだったし。だけど、転校してしまうのに…付き合える訳ないと思って…あんな事をしてしまった…。』
長瀬くんが、私の気持ちを知っていたのは驚いたけど、まさか私の事を好きだなんて…思いもしなかった…。
「どうしてそれを、言ってくれなかったの…。長瀬くんの気持ちを聞いていたら、私達は気まずくならなかったのに…。」
さっきまで、敬語で話していたのにうっかりタメ口で話してしまった。
またタイミング良く、店員さんが飲み物を運んできて、厨房へ戻って行った。
『あの時の僕は、現実から逃げていたんだ…。あの後からずっと、藤原さんに会いに行って謝ろうと思っていた。だけど、転校ばかりで…タイミングを逃してしまった…。今更遅いけど、本当にごめん…。』
「私も、逃げていたの。また恋をしても、同じになりそうで怖くて…。
だから、長瀬くんの気持ちを聞けて嬉しかった。ありがとう…。」
長瀬くんが本当は、優しい人だったんだ…と知る事が出来て良かった。
『もし、藤原さんが良かったら…僕と付き合ってくれませんか…?』
私は、自分の耳を疑った。
今、何て言ったの…?
「えっ…?」
『…図々しいとは思うけど、僕はまだ藤原さんを好きなんだ…。“あの日”からやり直しをしたいんだ。』
長瀬くんの気持ちは、嬉しかった。
だけど私は…。
その時頭に浮かんだのは、ニコニコしている大野さんの姿だった。
「…ごめんなさい…。私、好きな人がいるの…。」
『…そっか。』
「その人といると、とても幸せな気持ちになれるの。」
落ち込んでいる長瀬くんを見ると、申し訳なかったけど…私の今の気持ちに嘘はつけない。
『いきなり、ごめんね…。藤原さん、幸せになってね…。きっと、その人…藤原さんの事待ってると思うよ。』
どうしてそんな事を言うのか分からなかったけど、私はお礼を言った。
「長瀬くん、ありがとう。私、あなたにまた会えて良かった…。さようなら…。」
飲み物の代金を置いて、私は急いで喫茶店を出たのだった。
その時、長瀬くんが『俺は、バカだな…。』と言いながら、涙を流しているなんて知らなかった。




