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茨の城の物語

作者: 原めぐみ

『茨の城の王女様、オーロラ姫は悪い魔女の呪いを受けて眠り続ける』

 そんな伝説に惹かれて今日も馬鹿な王子がやって来る。


 あたしの仕事は王子の道案内。全く嫌になる仕事だよ。あたしゃもう百年もこの仕事やっているんだからね。

 あたしは妖精の格好をしている。世間一般でよく知られた、蝶々のような蜻蛉のような透ける羽根と、尖った耳と、アーモンド形をした大きな瞳の幼い少女の姿に薄いピンクの花びらのようなドレス。本当の姿は秘密なんだけどね。

 茨の城の前に立てられた看板をじっと見入っている男がいる。

 あれはきっと王子だね。どこの国のかは知らないけどさ。このご時世そんな暇な奴は王子ぐらいしかいないもんだから。兄弟が多くって王位には即けないもんだから英雄として名を揚げようって魂胆だろう。上手くすれば綺麗なお姫様とご結婚ってなわけでさ。この茨の城の眠り姫はそういう奴等の為のようなもんになっちゃってるね。

「あんた、この茨の城に挑戦するつもりかい?悪いことは言わないよ。やめときな」

 あたしは王子の目の前に現れてやった。びっくりして王子が口を聞けない間にきちんと伝説を説明してやる。

「…そしてお姫様は十五の年から眠り続けているってわけさ。お姫様に祝福を授けた妖精たちは眠り続ける愛しいお姫様を守る為にお城に魔法をかけた。この茨の城はね、三重の動く茨の障壁と地獄へ通じる堀に囲まれているんだよ。他の城の連中もお姫様と一緒に眠っているから誰も門を開けてくれないし、誰も助けちゃくれない。しかもお姫様の部屋の前には魔法で出来た怪物がいるんだ。あたしゃあもう百年もこの城に住んでるけどあんたみたいな王子さんが何人も死んだところを見ているんだ。やめといた方がいいよ。あたしゃそれをお勧めするね」

 じっと王子はあたしの話を聞いていたけれど、こんな脅しでやめる奴なんてこれまで一人もいなかった。

「お前は何者だ?」

 おおっとそう来たか。そりゃあ怪しいと言えば非常に怪しいだろうよ、あたしはな。

「あたしは妖精さ。あんたみたいな奴の道案内をすることになってるんだ」

 王子は胡散臭そうにあたしを見る。

「私は名は言えぬがある国の王子だ。茨姫の噂を聞いて、姫を助け出しに来たのだ」

「だから、無理だと言ってるだろ。…それでも助けに行くって言うなら止めはしないよ。あたしにはそんな権利はないからね」

 王子は偉そうに頷くと門に向かった。

 本当にやめろって言ってもやめないんだからね。王子っていう人種はしょうがない。元々辺境に近いこの茨の城にやって来るぐらいだ、自身も実力も相応には持っている。そして勇気と功名心。こんなあたしの言葉を聞いている場合でもないだろうよ。

 それでもこの王子はいい腕をしている。どんどんと第一の茨の障壁を進んでいく。

「あんた結構いいとこまで行くだろうね」

 そう言ってやるがあたしの話を聞いてないな。まあ、いいけどね。

 あたしはふわふわと王子の後を飛んでいった。王子が切り開く道。その後ろではまた茨が茂り道を塞いでいった。もし振り向いたら恐慌状態に陥ってもおかしくない。そんな王子だってあたしは見てきたよ。だけどこの王子は振り向かなかった。進んでいくのが精一杯なのか、それともお姫様のことしか考えておらんのか。

 そして王子は割と顔もいい。これならお姫様と並んだって見劣りはしないだろう。

 お姫様は、オーロラ姫は本当に綺麗だからさ。そういやあたしゃ昔、不っ細工な王子だったらやっぱりやだよなあ、って堀に突き落としたこともあったけ。基本的に王子様っていう人種は美形に出来ているのが定型なんだわけだし。

 そんなことを考えながら、頑張る王子様の後を付いていったってわけさ。

 まあ、一日ぐらいかな。王子はやっと第一の茨の障壁を抜けた。

「ちょっと休憩した方がいいんじゃないかい。ここなら安全だよ。第二の障壁はもっと厳しいからね」

「そうか」

 そう言って王子は座り込むけど。あたしが嘘ついてたらどうするんだよ、全く王子っていう人種はっ!いっつもそうさ!でも安全っていうのは嘘じゃないけどさ。

「…妖精、訊きたいことがあるんだが」

 王子はいささかの逡巡を見せてからそう切り出した。あたしはきなすったか、ってなもんだ。これは絶対ここに来た奴等が訊くことだ。

「王女は…。いや、王女の肖像画は見たんだが…」

「んじゃ、わかってんじゃん。お姫様はそりゃあ美しい人さ。あたしゃ何百年も生きてるからね、いろんな美女を見てきたがね。オーロラ姫ほどの美女はいなかったね。人間だけじゃなく魔女や妖精、果ては悪魔に至るまで、比べたってオーロラ姫に叶う奴なんていないさ」

 オーロラ姫は綺麗だ。それは事実だ。奇跡のような美が存在するのだと思い知った。肌が粟立つのを抑えきれなかった。跪かずにはおられまい。あたしの知る全ての妖精が彼女に祝福を与えた。悪魔だって触れられない美しさ。誰からも愛されて、誰からも慈しまれた。そして彼女の笑顔は何とも引き換えられぬもの。…そうたった一人の妖精が彼女に呪いをかけるまでは。

「妖精、それで、その…性格は…?」

 あたしは我に返った。脳裏に彼女を思い浮かべるだけでとらわれるなんて、全くあたしとしたことが!あたしはこの王子さんの道案内人なんだから。

「あんた、噂でオーロラ姫の伝説を聞いてきたんだろう?さっきあたしも教えたじゃないか。オーロラ姫は祝福を受けた乙女だよ。性格だっていいさ。王様とお妃様に心から慈しまれて、民には愛されて。それでもオーロラ姫は我儘にはならなかった。ちょっと純粋過ぎるかもしれないけどね」

 それを聞くと王子はまた張り切って茨の道へと進んでいった。

 単純だなあ。


 お城に入る扉の前。あたしがそろそろ付いていくのもいい加減嫌になった頃、やっとそこに到着した。

 辿り着かないかな、とも思ってたが王子は茨の障壁も抜け、堀も渡ってしまった。

「なかなかやるね、王子さん。ここまで来れたのはあんたが初めてだよ」

 誉めてやったがそれも聞こえないぐらいに王子は疲れきっていた。これなら諦めるかね。

「ここから帰ることも出来るよ。あたしが外まで送ってやる。それでもオーロラ姫のところに行くかい?」

 絶え絶えの息の下、それでも王子は行った。

「当然だ。私は王女を救いに来たんだ」

「なら頑張るんだね。あたしゃお姫様の部屋で待ってるよ。あんまり城は好きじゃないんでね」

 顔を合わせたくない奴も多いんだ。どうせ城の連中は眠ってるんだけどさ。あたしゃこの茨の城が健在だった頃悪戯者として名を馳せていたもんで。

 お姫様の部屋は在りし日のままだった。豪奢なベッドの上で眠り続ける美しい王女。どうせなら老いればいいのに。眠り始めたときと同じまま。あの奇跡の美を保ったまま。

 だから馬鹿者どもがやって来る。

 王子はどこでてこずっているのか、まだ部屋の前にも到着してない。部屋の前に来たら怪物と戦わなきゃならないんだから、まあゆっくりと来ればいいさ。

 あたしには関係がない。

 久々にお姫様を見たからかな。あたしは昔をあの日のことを思い出しちまった。


『母ちゃん、どうしたんだい!?』

 ぼろぼろになった母ちゃんが帰って来たのは百年前の秋だった。

『何してきたんだよ、そんなになってまで』

『オーロラ姫を眠らせてきたのさ。呪いをかけてきたんだよ。おかげで他の妖精たちに攻撃されちまった』

 あたしはびっくりした。どうしてそんなことをする必要があるんだかわからなかったもんだから。

『オーロラ姫になんで呪いをかけるんだよ。オーロラ姫は妖精に祝福を受けた乙女なんだろ』

 そう母ちゃんもオーロラ姫に祝福した妖精の一人だったんだからさ。

『皆気が付いてないんだよ。どうして見えないのかね。なあ、お前、これからあたしの言う事を良くお聞き』

 びっくりしたさ、疑ってみたさ。でもそれから調べて。母ちゃんの言葉の正しさを知って。だからあたしはここにいるんだよ。儚くも命を落とした母ちゃんの遺志を継いでさ。

 やがて外から音が聞こえた来た。王子が辿り着いたんだな。そんで怪物と戦っているんだろう。この分ならオーロラ姫を目覚めさせるのはこの王子さんかね。百年、ちょうど百年か。まあ、そんなもんだろ。

 扉が開いたのはそれからちょっと経ってから。

「おお、辿り着いたのかい、王子さん。しかしぼろぼろだねぇ。わざわざそんな苦労をする意味があたしにゃわからんがね」

 王子はそのまま床に座り込む。まあ当然のことさね。外の怪物は相当強いはずだ。だってあの怪物を魔法で作ったのはあたしだったんだから。

「あとは王子さん、呪いを解くだけさ」

 あたしゃふわふわと王子の周りを漂ってみた。しかし良くここまで辿り着けたもんだ。あたしにゃ無理かもしれない。こいつならオーロラ姫を目覚めさせられるだろ。そして王様になるんだろうな。勿論そんなことあたしにゃ関係ないけどさ。

「オーロラ姫の姿でも見てみるかい。で、王子さん呪いの解き方は知っているのかい?」

 案の定、王子はちょっと困ったように首をかしげる。そりゃあそうさ、呪いをかけた母ちゃん亡き後知っているのはあたしだけなのさ。

「後悔しないね?お姫様の呪いを解いてさ。だったら特別に教えてあげてもいいよ」

 本当は絶対にオーロラ姫を起こすなと母ちゃんに遺言されたけどさ。もう今更どうだっていいじゃないか。だって母ちゃんはもういないんだから。あたしには関係がないことさ。

「何故お前が知っているのだ?」

 当然の王子の疑問にあたしは親切にも答えてやる。

「あたしゃオーロラ姫に呪いをかけた妖精の娘なのさ」

 驚く王子。だけど一人で納得してやがる。さてはあたしが良心の呵責に負けてとでも思っているんじゃないかね。ばかばかしい。あたしに良心なんて存在するのか、あたしも知らんのに。

「王女の呪いを解くのは簡単。運命の王子様。お姫様を助ける為に命をかけた勇敢な青年のキスさ。それで茨も消え失せ城の連中も目を覚ます。眠り姫は百年の眠りから解き放たれる。…それじゃ王子さん、あたしの仕事はここまでさ。後はあんたが勝手にやりな」

 あたしはそこから姿を消して。城の塔の上、それを待った。

 すぐにそれは現れた。茨がとけて消え失せる。城の中から人々の声。眠り姫の呪いは解けた。

 だけどあたししか気が付かなかっただろうね。ほんの一瞬雷鳴が轟き、地面が微かに揺れたのにさ。

 真実は曲げて伝えられる。誰も知らなかったんだからしょうがないけどね。

 何故母ちゃんがお姫様を眠らせたか。嫉妬やそんな感情じゃなかったのさ。

 祝福を受けて健やかに美しく育ったお姫様はね、純粋すぎるが故に悪を呼び込んだ。その身に悪の魂を住まわせた。オーロラ姫は純粋すぎるからその魂に気付く筈もなかったね。あたしの母ちゃんはそいつを封じ込める為にオーロラ姫に呪いをかけたのさ。誰も、気付かなかったもんだから。母ちゃんは特別に力の強い妖精だったから。

 馬鹿な王子。地上に災厄をもたらすのはあんたなのさ。

 オーロラ姫と王子の子供はきっと魔王。オーロラ姫の体内に潜んだ悪は人の姿を得て魔王になる。

 母ちゃんはそれを防ぎたかった。だけどそれで悪化したね。王子は力に優れた男。これで子供も凄くなる。余計に力を持つようになる。…でもあたしはどうだっていいのさ。

 あたしはくるんと宙返りをした。

 姿が変わる。透けた羽は蝙蝠の翼に。真っ黒な爪をして。尻尾まで生えちまう、悪魔の姿。

 あたしゃ母ちゃんは妖精だけど、父ちゃんは悪魔なもんでね。どっちの世界でも構わないのさ。


 十年後、幼い王子が茨の城から攫われた。

 あたしゃ自分で姿を消したんじゃないかと思ってるけどね。

 まあ、あたしにゃ関係のないことさ。

 あたしゃあたしでどうとでも生きられるかんね。


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