病気とのさよなら
「やめて!」
振り下ろしたはずの鉄パイプは空を切り、奴の死体は数メートル先に一瞬で移動した。
何が、起きたんだ……? なんで
「なんで、スノウがここにいる!?」
突然風が吹いたかと思ったら、奴の体を担いだスノウが目の前に立っていて、一瞬で俺の手の届かぬ距離まで奴を運んでいた。
「なんで、なんでそいつをかばう!? それに、なんだ、そのスピードは!?」
晴らされるはずだった怒りと憎しみは行き場をなくし、突如現れたスノウに向けての暴言となって表れていた。
「流……すぐ楽にしてあげるから、待ってね」
何を言っているのか分からない。だがスノウはそんなこと気にせず、火だるまとなって苦しんでいる男に手を当てた。
なんだろう、その表情は、今まで見たことのない、慈愛に満ちている顔だった。
「さぁ……眠りなさい、哀れな子羊よ」
奴は目をぱちくりさせたまま、スノウを見ている。すると次の瞬間、奴の体が灰色の雪となって空に散った。この間わずか数秒である。
「なっ!?」
なんてことを、と言うのは遅かったようだ。俺は一瞬でスノウに抱きつかれていた。
「……俺も、消すのか……今の変な"魔法"みたいなのを使って」
だが、スノウは首を横に振った。
「流は消せないの……そういう決まりなの……だから、その心の病気を取ってあげるね」
スノウの言葉の後に、自分が暖かな光に包まれるのが分かった。
「PTSD、長い間つらかったよね……もう、治るんだよ」
光は、俺の体から、心から、病気を吸収してくれているようだった。
それは暖かくて、気持ちがよくて、ずっと包まれていたくて……でも、光が消えていくとともに、心も軽くなってきて……
……ああ、終わる。いや……始まる……第二の人生が。
――――――流進は、その心の病に苦しめられていたが、その代償として、特別な抗体を体に持っていた。
それは、灰雪病だけではない、もっと先の世界で使うべきな、とても特別な抗体。
今は抗体として活躍しているけれど、いつの日か、変異をおこし、世界を大きく変えるだろう。
だから、私は流を死なせないために、さまざまな事をやってのけた。
後は、流を国外へ逃がすだけ。そのあとのことは……考えるのはよそう。
「ス、ノウ」
場所は"新宿"と呼ばれる高いビルがある場所。そこで救難信号を、"私がここに来た時にあいた穴"を通じて、北の国へ飛ばす。
隣の国でもいいんだけれど、そっちは危ないっていう情報だからやめておいた。
「まだ、寝てて」
起きかけた流を再び眠らせ、救援のヘリを、ビルの屋上で待つ。
数時間すると、霧の向こうにヘリの影が見えた。迷わないように、光を操って誘導する。さぞ人間は驚くことだろう。
「そろそろ、さよならだね……」
そういうと、とうとう流が目を覚ました。
「スノウ……ここは?」
今までと別人のようにすっきりした顔をしている。もうお別れだと思うと、胸が張り裂けそうだった。
「……もうすぐね、助けのヘリが来るから、それに乗って逃げよう?」
天使の身でありながら嘘をついてしまった。それでも、流の……未来の希望の笑顔が見れただけでうれしい。
「ほら、来た」