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序 始まりの旅 肆

 歓待を受けた翌日。

 大和・趙雲・程立・戯志才の四人は秣陵を視察する為に街に出ていた。

「そしたらね、冥琳が怒鳴ったのよぉ。ずるいと思わない?」

「あの場合は誰でもそうする、雪蓮の言動がおかしい」

 何故かその一行に孫策と周瑜が混じっていたが。

「だって城の改修工事よりこっちの方が面白そうだったんだもん」

「目付け役だと思ってくれればいい」

 という理由であるらしい。

 その二人を横目に一人の偉丈夫が着いてきている。

 顎鬚を生やし鋭い眼光、髪にも鬚にも白いものが混じり始めている。

 どうやら彼が本当のお目付け役のようだ。

 この男、祖茂、字を大栄と言う。

 全体が赤で縁取りが白の鎧を身に纏い、腰には二本の剣を差している。

 孫堅が旗揚げして以来の宿将であり、その勇名は孫家四天王の一角として鳴り響き、また篤実とした性格の為将兵の信頼も厚い。

 その宿将が現在、鎧の上より胃の辺りをそっと押さえている。さりげなく外套で隠してその行為だが、大和からは丸見えだった。

 チラリと同行者の少女二人に視線を向けた後、小さく溜息を吐く。

 その姿に正しく中間管理職を連想した少年である。

 祖茂の胃痛の原因となっている少女達に目を転ずると、そこに赤い槍の少女が合流し談議に華が咲いていた。

「いや、この地方の酒も美味ですな」

「そうでしょ、もうサイッコーに美味しいんだから」

「これで美味しいメンマがあれば言う事なしですな」

「そ、そう? 私はつまみは何でも良いんだけど……」

「む、それはいかん。どれ一つ私がメンマの好さを伝えるとしよう」

 少年は聞こえてきた話し声に暫し呆然とする。

「数百の兵しか篭めていない砦に数万の敵が攻めて来たとしましょう」

「その時点で逃げるか降伏しか手は無いのでは?」

「敵を察知出来なかった時点で軍師失格なのですよー」

「仮定の話に突っ込まないで下さい」

 もう片方から聞こえてくる会話も、呆れるしかない内容である。

「武人であり軍師であるから仕方ないとは言え、欠片も色気が無いね」

「……そうだな、もう少し何とか為らんものか」

 そんな少年の呟きを耳にした宿将の偽らざる本音が漏れた言葉が返った。



◇◆◇◆◇



 何事も無く順調に一行は秣稜を散策する。徐州·下邳より治安が劣るとはいえ江東随一と目される都市は人と物資に溢れていた。

「流石は古に王都になる相あり、と言われた都市ですね」

 活気溢れる市場を見つつ少年は独りごちる。

「だがそれは表通りだけ。一歩裏に足を踏み入れれば酷いものだ」

 少年の言葉に、黒髪褐色の麗人が答える。

「恐喝、窃盗、強盗、暴行、殺人……人身売買も行われていたな」

 淡々と語る彼女の美貌に変化は無い。しかし、少し目を転じると腰の辺りで色が変わるほど拳を握り締めている。

「どれだけ栄えよようと所詮それは見せかけ」

 眼前の街を眺め美周郎は握り締めた拳を解き力を抜く。

「だか今は文台様の元、この秣陵もそういった行いはなくなりつつある。こんな街をもっと増やしていきたい」

 それだけを語ると麗人は少年を振り返ることも無く傍を離れた。

「彼女の故郷は長江を挟んだ向こう側、蘆江ロコウジョという処なの」

 麗人が離れた直ぐ後に美麗な少女が現れる。

「母親は洛陽で朝廷に仕えていてね、祖母は大尉まで登り詰めた名門」

 少女が語る言葉に少年は何も答えない。

「私と公瑾が出会ったのはその舒、彼女は幼少時は洛陽に居たらしいわ。その頃には洛陽でも既に市井は乱れていた。いや、洛陽だからこそ乱れていたのかも。そして舒へと来た。舒は統治がしっかりされていたから犯罪等少なかったわ」

 美麗な少女も多分答えなど気にしていないのだろう、言葉を紡ぐ。

「舒では街や村にまだ笑顔が絶えなかった。苦しくても皆笑っていたわ。でも洛陽の腐敗はこの辺りにまで影響を及ぼし始めた。重税に喘ぎ、市井の人々は塗炭の苦しみを味わっている。なのに朝廷では権力争いで全く意に介さない。彼女はそれが許せない。当然私もね」

 だから、と少年を流し見る。

「言いたいことは良く判りました」

 その美麗な少女の言葉を余す事無く少年は理解する。

「ですが、今の所返事は否です」

 何故ならば、今の俺には全てを判断する材料が無い。

「孫伯符殿を信用しないわけではないです。寧ろ信用に足る人物だ」

 少年は其処で初めて小覇王の目を正面から見る。

「何故なら知識が足りない」

 現状の認識、この国の情報、その他ありとあらゆるモノが不足している。

「だから暫く何処にも拠る事無く各地を巡ろうと思います」

「あらら、振られちゃった?」

「まさか、と言いたいですけどね。もし縁があればその時はよろしくお願いしますよ」

「その時には心替わりしてるかもね」

 少女の一言に肩を竦めると少年は歩き出す。

「その時はお手柔らかに」

「まさか、全力で行くわ」

 少女は楽しそうにその後を追った。



◇◆◇◆◇



 終日麋竺の護衛として取引や商売について回った少年は、宿屋に入り夕食後麋竺の誘いを断って早々に就寝した。

「そしてこんな時間に目覚める、か」

 時間にして丑三つ時、午前二時頃。

 古代中国でも丑三つ時とか言うのかな、と少年は独りごち一つ二つと頭を振る。

 それと同時、まるで少年が起きるのを見計ったかの様に何かが点滅した。

 窓の外、何かの合図。

「んー、多分誘われてるんだろうな、俺」

 少年が気付くと同時にその点滅は移動を開始する。

「着いて来い、って訳ですか」

 嫌そうな表情を作り、少年は嘆息する。

「仕方ない、鬼が出るか蛇が出るか。行くとしますか」

 身支度を整えると、窓の外へと躍り出る。

 昼間には肩がぶつかる程の人出を見せた通りも、人一人無く星明かり以外何も明りが無い。

 ただ、自身と等間隔で点滅する光源があるだけ。

 その光源は、郊外へと少年を導くと煙の様に消え失せた。

「ここが終点、か」

 少年は消えた地点へ着き探るように辺りを見渡す。

 すると少し離れた場所に東屋があり、其処にだけ明かりが灯ってた。

 躊躇する事無く東屋を目指して歩き、そのまま中の椅子へと座る。

「さて、お招きに与り参らせていただきましたよ」

 そう口にする少年。

「あの様な礼儀を欠いた御呼びたてを致しまして心苦しく謝辞の言葉も御座いません」

 いつの間にか少年の対面に楚々とした妙齢の女性が腰掛けていた。

 薄い桜色の深衣シンイというワンピースの様な服を纏っている。

 月に良く映えるであろう銀色の髪は長く腰元辺りまであり、切れ長碧眼の瞳は何処か濡れた様に妖しく光っていた。

 白皙のカンバセに紅い椿の様な唇が妖艶さを醸し出している。

 長い銀髪がサラリと音を鳴らした様に流れる。

「私の名は――」



◇◆◇◆◇



「麋先生、少し良いでしょうか?」

 少年がそう言って麋竺に近づいたのは、その日の朝のことだった。

「問題ありませんが、どうかされましたか?」

 少し気まずげな感じで少年は言葉を紡ぐ。

「実はこの後なんですが、そのまま見聞を広げる旅に出たいと思っています」

 下邳まで護衛をしたかったのですが、と少年は続ける。

「本当は帰りもするつもりでした。しかし……」

 そこで言葉を切ると少年は目線を空へと、流れゆく雲へと視線を向けた。

「何かが俺を急かしているんです。もう時間は無いと、もう『ソレ』は其処まで来ていると言ってくるんです」

「……『ソレ』とはなんでしょうか?」

 麋竺の問い掛けに少年は少し視線を険しくする。

「大きな動き、しかも良くない方向に進んで行く様な……」

 麋竺は少年のそんな様子に、彼が空を見ているのではなくこの先の何かを見ているのだと感じ取った。

 そして、今の段階でその何かを明確に言葉に出来ない事を知る。

 少年はこの先の流れを知識として持っている。その通りに動くかどうかは疑問だが。

 しかしそれをおくびにも出さず、また悟られてもいけない。。

 だから麋竺には曖昧に言葉を濁して言葉にした。

「助けられた恩を返すことも出来ず心苦しいんですが、申し訳ありません」

 そう言うと、少年は深々と頭を下げる。

 麋竺からの追求を避ける為に。

「判りました。何此処から先はほぼ江東の虎殿と一緒に動くことになりましょう。こちらのことは気にせずに旅立ってくだされ」

 麋竺の言葉に、少年は再度頭を深々と下げる。

「それでいつ出発を?」

「今日、今すぐにでも」

 麋竺の許可を取り付けた少年は翌日にでも長江を遡上する船を調達し出発をしようとしていた。

「我等に何の相談も無く決められるとは心外ですな」

 全く、直ぐ荷造りしなければ――

 そう言って疾風の如く走り去ったのは紅い槍を持つ少女、趙雲であった。

 着いて来る気が満々であり、走り去る間際の目は後で理由を訊かせて貰うぞ、と訴えていた。

「お兄さん、そういう事は同道している私達にちゃんと諮ってくれないと駄目なのですよー」

 そう言いつつノンビリとしている程立。

「おうおう兄ちゃん、亭主関白とは感心しないぜ! そういう事はちゃんと相談しやがれってんだ」

 何故か宝慧の手が、ダメダーメとペケ印を作っていた。

 宝慧とは、彼女の頭部に乗っかっている太陽の塔のよく似た被り物である。どういった原理で動いてるのか少し気になった少年が宝慧を見ると、

「それは秘密だぜ」

 荷物を持ってくるのですよ――

 謎だけを残して歩き去さった。

「着いて行く事は確定ですか……」

 何故か溜息を一つして戯志才は諦めた様に歩き出す。

「……、後でどうして急に出立することにしたのかちゃんとした理由を聞かせて貰いますから」

 哀愁を感じる背中を見せて彼女も宿屋へと向かった。

 上記の一幕は彼女達に別れを伝えるために、麋竺に行った会話と同じような内容を語った後の出来事である。

「……、三人とも着いて来るんですか」

 何故彼女達がそこまでして着いて来るのか理解し難い少年だった。

「さて、あの方たちにも声を掛けて行かなければダメでしょうね」

 強烈な個性を発揮する孫家の面々を脳裏に浮かべつつ少年は一つ嘆息する。

「絶対、一悶着ありそうで嫌だな」

 そう言いつつ少年は微かに笑みを浮かべる。悶着が起これば、それはそれで面白そうだ。

 特に自分に迷惑が掛からなければ――

「まあ、多分巻き込まれるんだろうな」

 一人ニヤニヤとしながら少年は城へと足を進め始めた。

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