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序 始まりの旅 参

 外に出ると、煌々と月が大地を照らしている。

 長江から闇を切り裂いて吹いてくる風が少年の頬を撫で過ぎ去っていく。

 食堂を辞去した少年は城郭を巡り閑静な場所で歩みを止めた。

 ――凄いな

 少年は今にも降りそうな星空を見つめて感嘆の声を上げる。

 此処に来て、今にも零れ落ちそうなそれでいて手を伸ばせば届きそうな星空を見る度に圧倒される。

 ――既に一ヶ月か

 今の自分の状況に思いを馳せる。

 人に話せば笑われる。荒唐無稽な話だと馬鹿にされ、頭がおかしいと医者を薦められるだろう。

 自分はこの世界の住人ではない、等と言えば。

 しかし、間違いなく自分はこの世界の人間ではないし、自分の知っている三国志にあんな人物は登場しない。

 趙雲子竜、程立仲徳、戯志才、孫堅文台、孫策伯符、周瑜公瑾、黄蓋公覆――

 少年の知っている英傑達は男性だった。間違っても女性ではなかった。

『迷子』

 その二文字が脳裏に躍る。

 しかし、少年は軽く頭を振るとその二文字を脳裏から霧散させる。

 何があったか知らないが、此処に来た理由と目的は何れ解る。

 自分を此処へ導いた存在が必ず接触して来るはず。

 ――それまではこの世界を謳歌しますか、それに色々と興味は尽きないしね。

 普通であればパニックに陥り泣き叫ぶか、不安に駆られた挙句に精神が持たず廃人同様となるか。

 しかし、少年は自分が比較的・・・楽観論者であり、精神が他者より多少・・図太いことを認知している。だから、

『為る様に為るさ』

 の精神で前へと進みだした。

 この状況下で、それを出来る人間が比較的で済むような楽観論者で有り得るのか、多少図太い位の神経で済むのかはまた別問題であり議論の余地はあるだろうが。

 それにしても、と少年は先程の食堂の中での一幕を思い出す。



◇◆◇◆◇



「へぇ、貴方面白いわね」

 少女は興味深げな視線で少年を見つめる。

 孫堅が着用している旗袍チャイナドレスより胸元や脇腹あたりが大きく露出しており、褐色の肌が艶かしさを際立たせている。

 薄い桃色の髪は後頭部で一度結い、腰の下くらいまで鮮やかに流れていた。

 澄んだ海の色をした瞳。口元にある黒子は、少女を更に妖しく演出していた。

 少女の名は孫策、字を伯符という。

 孫堅と孫国の実の娘であり、次代孫家の家長でもある。

「何が、面白いのかな?」

 孫国に向けていた笑みをそのまま少女に見せながら少年が質問する。

「う~ん、貴方自身かしらね?」

「質問を質問で返されても困るんだけどね」

 苦笑する少年を見つつ少女は言葉を紡ぐ。

「しいて言えば在り方かしら」

 視線は少年から外れない。

「言葉にするのは難しいけど匂いが違うのよ」

 どこか確信めいた言葉。

「匂いを身に纏う雰囲気と置き換えても良いわ、私達とは気配が違うわ」

雪蓮シェレン客人に対して失礼だぞ」

 とてつもなく長い絹の様な黒髪を靡かせ、きつい声音で割ってはいる声。

 褐色の肌、黒い下だけ枠のある眼鏡を掛け、左目の目元には泣き黒子がある。眉目秀麗、鼻筋が通った美人顔だ。

 黒色の手袋は二の腕まで覆い、全体的に赤みかかった旗袍は胸元から腹部に掛けて大胆に開け、露出させている。

 姓名は周瑜、字は公瑾。揚州廬江郡の人である。またの名を美周郎と呼ばれる程の美貌の持ち主である。

 孫策とは義姉妹の契りを交わし、その絆は『断金の交わり』とまで言われる強固さであった。その智謀をもって孫呉を盛り立てる非凡な女傑であった。

「私は質問に答えただけよ冥琳メイリン

 ブゥと膨れる少女。

「ハハハ」

 食堂中に少年の大きな笑い声が響く。

「雰囲気や纏う空気が違う。当然だと思いますよ?」

 次いでクスクスと、柔らかい笑みを浮かべる。

「僕は此処から遥か東方よりこの地まで旅をしてきました」

「……東方、と言ったか?」

 最初に反応したのは黄蓋だった。

 姓名は黄蓋、字を公覆という。真名を祭。

 孫堅旗揚げ時よりの宿将で、巷間では孫家四天王と呼ばれる存在である。

 薄い紫の長髪は一度後頭部で大きく結われ、腰より下まで垂らしている。

 美しさの中に妖艶な色気あり、この中に居るどの女性よりも胸部が大きい。

 髪と同じ色の手袋を上腕部まで覆い、金色で縁取りされた赤紫色の旗袍を着用している。

「はい、此処より遥か東方より」

「東方というが、この地はこの中華の一番東。この先は海しかないぞ?」

「その海を渡って来たんですよ。幾月いや幾年か、長い長い時間を掛けての地に辿り着いたんです」

 少年の独白にその場の全員が声も出ない。

 この中華に長江より先、東方の海に出航するほどの船も航海術もない。遥か昔、始皇帝に命ぜられ徐福が東方の蓬莱国を目指して出航したというが、結局戻ることは叶わなかった。一隻の船、唯の一人も戻らなかったのだ。

「馬鹿な、その様な与太話信じると思うておるのか?」

 なればこそ、常識に照らし合わせた結果この返答となる。

「ですよね、僕も喋りながらそう思ってた所なんですよ。寧ろ信じられたらどうしようかと」 

 あっけらかんとした少年の態度。

「でも、貴方は来たのよね?」

 そんな少年に小覇王はなんでも無い様に聞き返した。

「貴方は私達が経験した事の無い凄い旅をしてここまで来た。またはそれに近い事を経験した、よね」

 それは質問ではなく確認。疑う事もなく彼女はそれを信じている。

「……、えーっと」

 それに対し今まで泰然自若としていた少年が戸惑いを見せる。

「何故、と聞いても?」

「勘、ね」

 自信満々の言葉に孫堅や周瑜、黄蓋はため息を吐き孫国は苦笑いを浮かべる。

 一人胸を張り得意そうな顔をしている孫策の頭に、孫堅がゲンコツを叩き込んだ。

「いったぁーい!」

「馬鹿なことを胸張って言ってるんじゃないよ全く、娘が馬鹿な事を言っちまって悪かったね」

「ククク、いえ」

 そんな一連の流れに少年は笑いをこらえきれなかった。

「この馬鹿が私の娘孫策伯符さ。そしてそっちの黒髪が周瑜公瑾、それと無駄に胸に栄養が行ってるのが黄蓋公覆さ」

 馬鹿はないでしょ、誰が胸ばかりじゃ赤蓮殿! 等の声を黙殺。

「俺の名前は大和史崇ヤマトフミタカ、よろしくお願いします」

 少年は自己紹介をすると頭を下げるのだった。



◇◆◇◆◇



 目の前で起きている事態を風と稟は議論を始める。

「どう思いますか? 風」

「……ここから更に東に国があるのかどうか解りませんが、あながち嘘とも言えないと思うのですよ」

「そういえば、今巷を騒がしている管輅の占いを知っておるか?」

 星が二人に訊く。

「『流星と共に天の御遣い東方より出でて地乱治むる也』でしたか。……星、貴女まさか」

「星ちゃんは、お兄さんが天命だと思うのですかー?」

 白い少女の言葉に二人が過剰に反応する。

「それは何とも言えぬよ。何と無くその事柄が過ぎった故に言った事。しかし、可能性が無いこともあるまい?」

 まあ、今のところ私にはそれは重要なことではないがな――

 少女はそう言いつつ口元に不敵な笑みを浮かべる。

「だが面白い、というのは本当であろう。ソコに居るだけで我等を此処まで惑わせ翻弄するのだ。やはり並の男ではなさそうだ」

「……別に私は惑わされてはいないし、翻弄もされていない」

「稟ちゃんと違って客観的に自分を見れる風としましては、星ちゃんに概ね同意なのですよ」

 素直じゃない稟ちゃんは、妄想でもして鼻血でも噴いてるのがお似合いなのですよー、と毒を吐く風。

「我等にはそれ程時間は残されてはおるまい、己の力を奮える君主を捜し求めこの広大な国を流離う旅ももう直ぐ終わろう」

「願わくば良い君主をとは思うのですよ。稟ちゃんには意中の人が居るみたいなのですが」

「そうなのか? 稟」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ星が稟にズイっと顔を近づける。

「……風、そういう事は余り言わないで下さい。確かに目星を着けている人物は居ます。しかしそこに仕官するとはまだ決めていません」

 憮然とした表情で答える稟。

「そうか、ならば暫くは我等三名であの惚けた男を観察できるな」

 白い少女は不敵な笑みを浮かべ少年を眺める。

 丁度その時、孫策と紹介された少女が周瑜と呼ばれた少女と一緒に少年にちょっかいをかけ始める。

「ふむ、中々に面白くなってきたではないか」

 今後の展開に期待する趙雲だった。



虎鯨フージンどう思う?」

 赤い髪の女傑が男に意見を求める。

 虎鯨とは孫国の真名である。

「全員我が軍に欲しい逸材だな」

 髭を扱きつつ孫国が答える。

「だがお前が訊きたいのはその事ではなくあの少年の事だろう?」

 ニヤリ、と笑みを浮かべる孫国。

「雪蓮の勘の的中率は特別、あの娘がああ言うからには何かあるねあの少年」

 それに自分が放った覇気、アレを顔色を変えず受け流すなんて只者じゃないね。

「赤蓮殿、あやつ何者じゃ?」

「どうしたの? 祭」

「あの脚捌き、何か武術を齧っておると見た。只者ではないじゃろう。それに……」

 そこで言葉を切り片目を閉じて何事を反駁する。

「あやつ、計れんのじゃ。大抵であれば気を感じることで強さを計れるんじゃが……」

 あやつのそれを計れん、と呟く黄蓋。

「へえ、祭の目ですら見抜けないなんて欲しいわね」

「……簡単に言う」

 あっけらかんとした孫堅の言葉に孫国は嘆息をする。

「娘にあの子落とさせようかね」

 そしてその爆弾発言に三人は一斉に吹き出した。



◇◆◇◆◇



 つい四半時程前恙無く終わった宴会を回想し、また星空を眺める。

 北斗七星。

 その柄杓形をした一つの星に貪狼とんろうまたは天魁と呼ばれる星がある。

 その星から真っ直ぐに線を延長するとその先に北極星が輝く。

 北極星――

 古来より神格化され『太一』、それが更に進み『天皇大帝』と呼ばれ崇められる。そして宇宙の中心と解されている星である。

「さて、あの星は俺を何処に導いてくれるのかな」

 煌々と輝く北極星が静かに世界を照らす。

「何を見てるのかな?」

 背後より近づく気配が二つ。

「星を見てるんですよ」

 こんなに綺麗で見事な星空は余り見たことが無いので、と続ける少年。

「へぇ~、いつもはどんな感じなのかな?」

「地上から溢れる光で星が見ないんですよ」

 と、二人に想像の出来ない様な返事をする。

「ところで何か話でも?」

 振り返るとそこには孫策と周瑜が連れ立っている。

「ん~、特には無いわ」

 ただ、なんとなくかな。そんな孫策の返事に特に返事することなく、少年は空を見上げる。

「大和殿、一ついいか?」

「大和でいいですよ」

 何ですか? と促す少年。

「お前はここに何をしにきた?」

 周瑜は星空を見つめ続ける少年を見る。

「何をしに、か。それを知るための旅をしているっていうのが現状かな」

 少年は本当に困ったような顔でそう答えた。

 暫く無言で彼を見ていた少女は、ふっと肩の力を抜き吐息を星空を見上げる。

 そうして三人は無言でしばし星空を見つめ続ける。

 後に刑州と揚州の支配権を掛け激突をする一人と二人は、それを知らずに星を見続ける。

 燻り続けている動乱への秒読みは確実に続いている。

 乱世まで、あと少し――


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