元魔法少女、絶賛就活中
『魔法少女、スイートキャンディー引退!? 宿敵、ダークコスメティック幹部クイーン・ルージュ氏に突撃インタビュー』
ゴミ箱に捨てられたスポーツ新聞の一面に、そんな見出しが躍っている。それを横目に、私は東京の一等地にそびえ立つ巨大なビルの前で腕を組んでいた。会社の大きな窓ガラスに自分の姿を映し、身だしなみを厳しくチェックする。皺一つないリクルートスーツ、清潔感のある一つにまとめられた髪型、控え目なメイク……大丈夫、完璧だ。
私は大きく息を吐くと、ハイヒールを鳴らしながら戦場である面接会場へと赴いた。
*********
「本日は面接、よろしくお願いします」
一通りの挨拶を終え、椅子に腰を下ろすことを許された私は、にこやかにそう言って頭を下げた。ここまで、私の立ち振る舞いは完璧だ。ただ、一つ不安要素があるとすれば――
「あぁ、よろしく……」
この面接官だろうか。彼女は明らかにおかしかった。
彼女は書類を読んでいるようだが、その読み方がおかしい。書類を自分の顔の真ん前まで持ち上げ、まるで書類以外の何物も視界に入れたくない! と主張しているかのような、そんな格好をしている。せっかく整えたスーツや髪形も、面接官に見てもらえないんじゃ意味がないじゃないか。
しかも彼女は顔を顰めたくなるほど胸が大きく開いたシャツを着ており、これでもかと言うほどに谷間が自分の存在を主張している。まさに頭隠して尻隠さず……いや、顔隠して胸隠さずである。
「では――山田妙子さん。面接を始めます」
面接官の言葉で私は我に返り、慌ててその豊満な胸から目を離した。
「では、弊社を志望した動機をお聞かせ願えますか」
来たっ、定番中の定番の質問!
私は背筋を伸ばし、穏やかな微笑を浮かべ、頭の中にインプットした志望動機を滑らかに暗唱していく。
「はい。私は昔から御社の化粧品を愛用しており、このような素晴らしい商品を作る仕事に携わりたいと――」
「ウソばっか」
面接官の冷たい一言で、私の頭は真っ白になった。
圧迫面接は何度か経験してきたけど、こんなパターンは初めてだった。どうして確かめようのない言葉にウソのレッテルを貼られなければならないのか?
しかし何十社もの面接を受けてきた経験と知識でなんとか正常な思考を取戻し、3秒後にはすぐに言葉を続けた。
「いえ、嘘ではありません。今度の新商品の開発にも、興味を持っており――」
「もう良い。次の質問」
面接官の言葉にさえぎられて、私は口をつぐんだ。
緊急事態発生のサイレンが頭の中で木霊する。なんで一番大事な志望動機を途中で遮られねばならないのだろう。圧迫面接にしたって、これはやりすぎじゃないか。
面接官は混乱する私に何のフォローもせず、顔の前に固定された書類の束をペラリとめくった。
「学生時代、もっとも打ち込んだことはなんですか」
これも定番中の定番質問だ。大丈夫、きっと面接官は想定外の事態に、気持ちの切り替えができるかを見ているに違いない。ここでうまく答えられれば、私の印象は当社比20パーセントアップ間違いなし。
私は再び笑顔を作り、頭の中にインプットされた台詞を声として紡ぎあげる作業に入った。
「はい。私は学生時代、魔法少女として町の平和を守っていました。学業との両立も大変でしたし、身の危険を感じたことは一度や二度ではありませんが、町の皆を守るために一生懸命戦いました。そこで得られた忍耐力や、仲間と団結することの大切さ、想定外の事態に対処する力は必ずや御社でも生かすことができると確信しています」
言い切った……! 今度こそ言い切れた!
私は言いようのない安心感と、満足感でいっぱいになり、しばらく面接官の異常に気付くことができなかった。
「……い」
「はい?」
面接官のうなり声の真意がつかめず、私はただ首をかしげることしかできない。
私が何も言えないでいると、面接官は業を煮やしたように机に書類を叩きつけ、私を怒鳴りつけた。
「私達との思い出を就活のダシにするなんて酷い!」
泡を喰うとは、まさにこんな時に使うための言葉なのだなと私は痛感した。
何故私がこんなにも驚いたのか。それは、ようやく露わになった面接官の顔が、14年間見続けてきたあの女のモノだったからだ。
「あんた……クイーン・ルージュじゃない!」
ルージュはまるで子供が駄々をこねるみたいに手足をばたつかせ、そしてヒステリックな叫びをあげる。
「なんで気付かないのよ、キャンディー! 私の美声と、このわがままボディを忘れちゃったの? 14年間殴り合ってきた仲じゃない」
「なっ……だって、悪の親玉が面接官やってると思わないでしょ!」
私の言葉を受けたルージュはがっくり肩を落とし、うつむき気味に頷く。
「まぁそうね。そうだけどね……」
「っていうか、サイゼ池袋店密約を忘れたの? 引退した魔法少女には手を出さないって約束だったでしょ」
私はルージュをまっすぐに見つめ、小さく身構える。もう魔法は使えないけど、襲ってきたら戦うほかない。
しかし、私の心配はよそにルージュは襲ってくるどころか、慌てたように両手と首をぶんぶん振った。
「違うのよ、何もあんたとドンパチやりに来たわけじゃないのよ」
「じゃあ何しに来たっての? 連帯保証人は断るよ」
「あんたにそんなこと頼まないわよ!」
「じゃあ何なのよ」
私が先を促すと、ルージュは口をモゴモゴしながら聞き取りにくい声を発した。
「えっと、それが……本当はあんたにこんな事頼みたくなんてないんだけど……」
「なに? あんたの無駄毛の処理なら断るわ」
「だからそんなこと頼まないって! 私は……あんたに、また魔法少女をやってもらえないかって頼みに来たの」
ルージュの言葉に、私は驚いて……というか、呆れてすぐには口が開けなかった。ルージュは私の顔色を窺うように、ひっそり静かにこちらを見ている。
「あのさ……他の魔法少女が頼みに来るんなら分かるよ? なんで悪の秘密結社の幹部が私にそんな事頼みに来るの?」
「だから最初に断ったじゃない。こんな事本当は頼みたくないって。これにはね、ふかーい事情ってもんがあるの!」
ルージュはそう言って語気を荒げた。これはきっとなにか大変な理由があるんだろうと考えた私は、ルージュに探りを入れるために自分の椅子をルージュに寄せ、小さな声で尋ねる。
「なによ、その事情って」
ルージュは捨てられた子犬みたいな目で私を上目遣いに見つめる。
「言わなきゃダメ?」
「そりゃそうでしょ! 理由も聞かずに『ハイソウデスカ』とはならないよ」
「えー……でも、結構エグイ理由よ?」
「えっ、なに? 黄色い彼女が頭をモグモグされたの?」
「いや、そういう事じゃないんだけどさ……」
彼女はまたうつむいて、口をモゴモゴさせた。喋っても喋っても、一向に埒が明かない状況にいらいらしながら、ルージュに詰め寄る。
「じゃあ何よ? あっ、まさか私にスパイになれって言うんじゃないでしょうね!」
「いやいや! 違うの、別にそういうやましい理由があるわけじゃなくって、私たちは純粋に、あんたにまた戦ってほしいだけなのよ!」
彼女の言葉に、私の頭はますます混乱した。ただでさえ、面接官が悪の秘密組織の幹部で頭の中がぐちゃぐちゃになっているというのに、さらに追い打ちをかけるとは。
私は悪に染まった人間の恐ろしさを改めて感じつつ、元魔法少女としてそれに立ち向かおうと口を開いた。
「意味が分からない。私が加わったら戦力が上がって、あんたらはまた世界征服に一歩遠ざかるだけでしょ」
「いやぁ、まぁ……そうなんだけどさァ」
「はぁ、もう埒が明かない。就活中の私には時間がないのよ! 早く本当の面接官を出しなさい!」
いい加減にうんざりしてきた私はルージュの目の前の机をハイヒールでガンガン突き、彼女を威嚇する。しかしさすがは悪の親玉。ルージュは涼しい顔して頬杖をつき、どことなく女子会のノリを思い出させるような声のトーンで私に喋りかけた。
「キャンディーさぁ、なんで魔法少女辞めちゃったの?」
「話逸らさないでよ」
「だって、私たちに何の挨拶もせずに勝手に辞めちゃうんだもの。寂しいじゃない」
「なんで魔法少女引退するのに敵への挨拶が必要なのよ……」
「常識的に考えればそうだけど、あんたとは特に長い付き合いだからね。良いじゃない、聞かせてよ」
私はルージュに反論しようとしてそれから――口を閉じた。このまま言い争っていても何も解決しない。さっさと喋っちゃったほうが早く事が進みそうだ。気は乗らないけど、確かにルージュとは長い付き合いだし。
私は大きなため息を吐いてから再び口を開く。
「なんでって、見たらわかるでしょう! もう24歳だからよ。遅すぎる定年退職だわ」
「遅すぎる定年退職……本当にそうかしら? アイドルですら25歳超えても頑張ってる子がいるのよ。私は同じ働く女として、そういう子たちを誇りに思うわ」
悪の組織の女幹部がキャリアウーマンみたいなことを言っているのに疑問を感じるのと同時に、今まで誰にも言えずにため込んできたどす黒い感情が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
私はその黒い感情を少しずつ吐きだすかのように、低くゆっくりとした声でルージュの言葉に異議を唱える。
「違うじゃん、魔法少女はそういうのと違うじゃん。この年で魔法のステッキ振り回すのも恥ずかしいし、衣装だってピンクでフリフリでロリロリだし……ネットで叩かれるのも、もうウンザリなの……!」
「でもさ、プロならそう言うところも受け入れるべきだと――」
私はおもむろに立ち上がり、書類が乱雑に置かれた机を叩いた。バンッという大きな音が鳴るとともに、その衝撃で何枚かの書類がハラリと宙を舞う。
私はルージュを睨みつけ、大きく息を吸い込み、そして一気に吐き出した。
「私は引退するって決めたの! あんたがいまさら何言おうが、私の決心は変わらない!」
「そんな熱くならないでよ……私だってね、あんたの決心を覆したくはないんだけど、これには大きな理由があるの」
ルージュのなだめるような口調で少し落ち着きを取り戻した私は再び椅子に腰を下ろし、そしてぶっきらぼうにポツリ呟いた。
「理由って、なによ」
「演出」
即答だった。ルージュは真顔で、憎たらしいくらいに滑らかな発音で、確かにそう言った。
聞き間違えようがないことは分かっていたが、私は念のためもう一度聞き返す。それが恐ろしく私達のような人間に似合わない言葉のような気がしたから。
「えっと、今なんて?」
「演出よ、演出がなっちゃいないの! あんたが抜けてから、戦闘が最初から全力勝負になっちゃったのよ。一発目から必殺技をバシバシ打ってくるの! まともに食らえばものの数秒で戦闘が終わっちゃうし、これじゃあ見せ場も何もないじゃない! ねぇ、あんたどう思うよ?」
ルージュはまるで憑き物が落ちたかのように、それはもう喋る喋る。ルージュの表情は晴れやかにも、悔しげにも、悲しげにも見える複雑な物だった。私は混乱しながらもなんとかルージュの言葉を飲み込み、彼女の問いに対する答えをゆっくりと吐きだしていった。
「ええと、どうって言われても……それも戦法の一つなんじゃないの」
言い終わってから、自分がなんだか後ろめたい気持ちになっているのに気付いた。その気持ちの正体を突き止める暇もなく、ルージュが早口に私をまくし立てる。
「何言ってんのあんた! そんなんじゃせっかくの武器をお披露目できないじゃない」
「なによ、武器のお披露目って……」
「あんただって薄々感づいてはいるでしょう」
私はごくりと生唾を飲み込む。高鳴る心音がルージュに聞こえそうな気がして、さりげなく咳を一つした。
「だいたい、おかしいじゃない。私たちの資金源とか、あんたらの資金源とかがどこから出ていると思ってる? あんただって結構いい給料貰ってんでしょ? 戦闘の時、あんたからジャネルの5番の香りがぷんぷんしたよ。化粧品だって、ここの会社みたいな安いヤツは使ってないんでしょう?」
「なっ、何が言いたいの?」
ルージュは長い髪をかきあげ、小さくため息を吐いた。
「資本主義の日本において、大人たちはお金にならない事をしないの。各国が核兵器を保有する現代社会で、世界征服だなんて儲けの出ない戯言に出資してくれる酔狂な人もなかなかいないわけ。そんな厳しい状況下で私たちはどうやって儲けを出していると思う?」
私は口をぎゅっと結び、ルージュから目をそらす。私の膝に置かれた手は無意識に拳を作っており、それは小刻みに震えていた。
「私たちの本業は、兵器の製造と販売」
「へっ、兵器? 兵器って――」
「私達がドンパチやるための道具よ。あんたらのステッキとか、私たちのバズーカとか。私たちが派手に戦闘をすればするほど兵器の売り上げもグングン上がるってわけ。さしずめ、あんたら魔法少女は私たちの広告担当子会社ってとこかしら」
彼女の言葉に、私はただ息をのんだ。
今までの私の活動のすべてを否定されたような気がした。
「だから困るのよ、そんなバシバシ必殺技打たれちゃ。広告費だって馬鹿にならないし。人件費も、破壊された建物の修繕費もそれなりにするんだから。でも本人たちにそんなこと言ったらモチベーション下がっちゃうでしょ? それに比べてあんたはもう大人だし、そういう事情も踏まえたうえで仕事してくれると思って」
もはやルージュの言葉は私の耳には届いていなかった。ただ、彼女の声だけが渦となって私の脳内に侵入し、思考をかき回していく。
目の前が真っ暗になった。
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「キャンディー、今日飲みにいかない?」
「ごめんなさいルージュ、仕事がたまってるから行けそうにないわ」
私はルージュのお誘いを丁重に断りながらもパソコンの画面から目を離さず、次の戦闘の作戦を練っていた。ルージュは私に労りの言葉を残し、そのまま帰宅した。
結論から言うと、私は今悪の組織「ダークコスメティック」で働いている。表向きは元魔法少女である私が悪の組織によって洗脳を施され、魔法少女の敵になってしまった――という事になっているが、もちろん実情は違う。
私は自分の意志でここに就職し、正当な給料をもらいながら働いているのだ。給料もなかなか良いし、福利厚生もしっかりしている。さすが、裏社会では世界一と名の知れた兵器メーカーなだけある。
魔法少女の戦法を熟知した私にかかれば、今のひよっこ魔法少女など片手で捻り潰せてしまう。もちろん最終的には負けてあげるのだが、私のおかげで兵器の魅力を十分に取引先の方々へ伝えることができるようになった。
この仕事をやるにあたって色々な葛藤もあったが、魔法少女だって結局やっていることは同じ、兵器の広告なのだ。もしこの仕事を選ばなければ、今までの14年間が無駄になってしまう。そんな恐怖も手伝い、私は今の仕事を精力的にこなしている。
ルージュに魔法少女の真実を聞かされた時、もし私がもっと幼ければ「そんなのは嘘だ」と言ってその場から逃げ出していたに違いない。これが大人になったという事なのだろうか。大人になるって、こんなに暗くて寂しい事だっけ。
少なくとも一つ言えるのは、私はもうピンクのワンピースに身を包み、ステッキをふりまわしていたあの頃には戻れないってこと。