トモニイコウ。
わたしの心には常に忘れられないあいつがいる。
気になって気になって、気になって仕方ない。
今、この瞬間にどこで何をしているのか、気になって仕方ない。
別に会いたいわけじゃない、会ったら苛つくだけだし、本当にちょっと気になるだけ。
ふとした瞬間に気付けばあいつを探している。
いるはずない。いるはずない。いるはずがないのに。
最早無意識と言えるほどあいつを探しているけど、会わない方がいい。会ってはいけない。
だってわたしの心臓がきっと持たないから。
姿をひと目見ただけで、瞬間で呼吸も絶え絶えになり体は硬直したように動かなくなる。
思考回路もうまく働かない、そして小心者のこの胸が早鐘を打つ。
こんな状態が続いたら死んでしまうかもしれない、きっといつか。
早くあいつの事を、何とも思わないようになりたい。
側にいたって平常心でいられる日が来ればいいのに。
片時もまるで忘れてない、そんな狂いそうなほどの呪縛の日々から抜け出したい。
抜け出したい。
今日も一日やっぱりあいつを探してしまったけど会わずに終えようとしている。
扇風機のオフタイマーをセットしてベッドに身体を預けた。
気持ちの良い微風に間もなくまどろみ始め、のろのろとした思案の中にあいつとの出逢いがフラッシュバックする。
あれは確か11年前。
わたしが19歳になった年の初夏だった。
今でも、今でも鮮明に覚えている。あの出逢いの瞬間は。
初夏で、それも特別涼しい日でしかも夜だった。
あなたはひとりでいたね。
まるで世界全人類が敵だとでも思ってるように常に見えないバリアをはっているよう。
あなたは孤独。
だのにとても強くくじけない。
あなたは大勢。
だからとても強く恐れない。
あなたを一目見て、わたしはそれがわかった。
きっとわたしは、いいえ誰もが あなた という存在に敵わない。
いつだって時代の先を行くあなたにこの先、勝てる気がしないとさえ思った。
ただひとり鋭く警戒の色を放つ姿で、わたしとあなたは暫く見詰め合っていた。
心臓が止まるかと思った衝撃的な、忘れられない出逢いになった。
身も心も動けず立ち竦むわたしに、挑発的に嘲笑いあなたは何処かへ消えたけど、きっとまた会うと解っていた。
逃れられない運命を感じた瞬間。
それからもう11年経つ。
出逢った時の予感は的中して、たびたび、時には頻繁に見かけるようになって。
どんどんどんどん、わたしを侵蝕していく。心を。脳内を。神経を。
嗚呼、まただ。
またこんなにも考えてしまう。
いけない癖だ、特に眠る前には。
このままではわたしが駄目になってしまう。
早く眠ろう、あいつを忘れていられる安堵の時間。
神様どうか、わたしを救ってください。
夏も終わりに近づいてきた今日この頃。
過ごしやすい快適な気候になってきて、春先から続いてた軽い鬱も薄れている。
やや上機嫌で帰宅したわたしは、夢にも思わない出来事に心臓が止まりかけた。
アパートのわたしの部屋の前にあいつが、いた。
「どう・・・して・・・・・・。」
心拍数が跳ね上がる。
体中が心臓のように方々で鼓動を感じる。
浅く呼吸をしているからなのか、頭痛がしてきた。
いつまでも・・・このままではいけない!
わたしは勇気を出して一歩踏み出してみる。
「あ!」
あいつは逃げるように行ってしまった。
ねえ、どうして?
わたし待ってなんかいなかったよ?
会いたいなんて思ってなかった。
ここのところずっと、本当は少し忘れていられた。
なのに何故見計らったように現れるの?
戒め?脅し?それとも弄んでいるの?
ねえ、どうして?
暫く部屋の中にも入らず突っ立っていたわたしは、漸く呼吸を整えて意気消沈しつつやっと部屋へ入った。
キッチンの小さな窓からは夕方独特の橙色が零れている。
溜息をつくと寂寥感が喉から込み上げてきて、胸が酷く痛んだ。
「ねえどうして?」
ぽつりと呟いた声は涙混じりに震えている。
情けないわたし。
でもいつも泣きたくなっていたのは否めない。
捕らえようのないソレにずっとずっと苛まれて、苦しくて切なくて死にたくなるほど辛い。
侵蝕されないように、常日頃バリアをはって警戒しているのに・・・・・・!
だのに何故こんな思いをしなければならないのだろうか。
わたしが一体何をしたっていうのか。
こんな仕打ちをうけるまでの事をしたのだろうか。
もう抵抗しても無駄なのか。
どんなにバリアを強めて毒だらけで武装しても、やっぱりあいつには勝てやしない。
あいつは地球の覇者みたいなものだから。
そろそろ、覚悟を決めないといけない時だ。
だってね、このままずっとずっと苦しみたくないから。
次に会った時にはきっと怯まない。
決別の時なのだ、この気持ちに。この苦しみに。この涙に。あいつに。
そして・・・・・・、
きっときっとそう時間を置かずに遭遇する。
わたしはまたいつものようにあいつを探す。
だけどいつもとはどこか少し違う気持ちで。
もうあいつを思うと、苦しくて苦しくて苦しくて苦しい。
こんなにわたしを悩ませるあいつが憎い。
だから
今日こそ
殺してやる。
その夜、あいつはまた現れた。
吃驚する事にわたしの部屋への侵入を果たした。
一体どこから入ったのだろう。
だけどわたしはもうそんな事はどうでも良かった。
怯まない、怖気付かない、今日こそ勇気を出して自由への切符を手に入れる!
わたしは背後からそっと忍び寄り、息を潜めタイミングを窺う。
目標までの射程範囲内に到達した。
一発で確実に殺さないと大惨事だ。
よし、いまだ!!!!!!
わたしは持っていた鈍器を思いっきり振り下ろした。
力いっぱい、殺意たっぷりに。
11年間ずっと殺したかった、心の中でも何度も殺してきたおまえを殺せる!
バキ・・・
鈍い音とともにあいつはわたしに気付いて、慌てて距離をとった。
くそ!外した。万事休すか。
わたしは早鐘のように鳴り打つ自分の鼓動を感じながら、目を逸らさないようにゆっくり後退りする。
足が酷く震えていてうまく歩けない。
あと少しだ。
あと少しで撃退スプレーに手が届く、
その瞬間、最も恐れていた事態に陥る。
憎きあいつがわたしに飛び掛ってきたのだ。
「ギャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
わたしは無我夢中でスプレーを手に取り、一心不乱に噴射した。
プシュウウウウウウウーゥゥゥゥゥ・・・
最悪な事にスプレーは残りが僅かだったようで、あっという間に噴射しきってしまった。
当然の如くそれだけではあいつにはとどめをさせるはずもなく、わたしは完全に追い詰められた。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
テンパったわたしは洗面台の下の物入れを開ける。
そこには買い置きのシャンプーやらなんやらが入っているのだが、その奥の方に同じく買い置きの最終兵器があった。
もうこれしかない。
死なばもろともだ、あいつを殺すためならなんだってしてやる。
わたしは最終兵器である高さ十センチ程度の円柱型の缶を抱えるだけ持ち、ライターで火をつけて行った。
直にそのたくさんの缶からは溢れんばかりに煙が出てきて、狭い私の部屋の隅々までへと広がって行く。
これでおまえを殺せる。
わたしももうおまえを探さなくて済む。
姿を見て怯える事もない。
もう二度と。もう二度と。
やっと解放されるんだね、おぞましい呪縛から。
嗚呼、神様救ってくれたんですね。アーメン。
了
ギャグオチにする予定がこんな悲惨な結果になってしまいました。