第19話 死の連鎖
月明かりが水面を照らしていた。
アルバとテネブリスと一緒に作った水場で、ボクは喉を潤す。あの時間に戻りたい、けど、もう戻れない。
前足を水に浸す。
今頃テネブリスは無事にやれているだろうか。勇者に見つかっていないだろうか。
――勇者なんて、海に呑まれて死んでしまえばいい。
あの時に一瞬頭によぎったことを思い出し、ハッとする。確かに勇者はアルバの仇だ。前足の爪をキュッと引き出して見つめる。
本当は……この爪でどうにかしてやりたい。でも、それで本当にいいのかな。
胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。
「おい。」
背後から声がして、ビクリと振り向く。ドゥンケルが魚を両腕に抱えて立っていた。魚はまだピチピチと跳ねている。
「はニャ。魚……」
ポカンとしていると、ドゥンケルは魚を地面に置いた。捕まえてきたばかりらしい。元気な魚たちが跳ねる音が響く。
「今まではテネブリスが採ってきていたんだろう。」
「え、いいのかニャ……?」
いつも怒鳴ってばかりの彼が、こんな優しさを見せるなんて。まるで別人のようだ。ドゥンケルは一尾を手に取り、真顔で問いかける。
「ノクティスは、どう調理していた?」
「あ、えっと……握り潰して……」
前足でぎゅっぎゅっと動かして再現してみる。
「なるほど。」
ドゥンケルは納得したように頷き、
「フンッ!!!!!」
拳から爆発したような音がした。魚が焼ける音と、熱気の奔流。一気に全身の毛が逆立った。
――いい匂いだ。
思わずヨダレが垂れる。とは言っても、少しだけだけど。
「皿は?」
「え、突然言われても。」
あるわけないじゃん!︎︎そもそもボクは水を飲みに来ただけで……
あたふたしていると、ドゥンケルはもう片方の拳を皿のようにして、肉片を絞り出した。
「あ、汚れちゃうニャ……」
「ほらよ、食え。」
汚れるのは……大丈夫なんだろうか。恐る恐る匂いを嗅いでみる。懐かしい匂いだ。
(もしかしたら……)
一口舐めてみる。
「まぐろチューブの味がする!!」
思わず目がキラキラと輝く。ノクティスが作ってくれたものも美味しかったけど、この味は優陽がくれたまぐろチューブに近い。
ボクは夢中で全て食べてしまった。
「美味いか。」
「お、美味しいニャ!」
ドゥンケルを見上げると、いつもの荒々しい面影はなく、見たこともないような柔らかい笑顔を浮かべていた。こんな顔もするんだ。驚きと嬉しさで尻尾がパタパタと動いてしまう。
「熱くすると、こんなに美味しくなるんだニャ。」
「ガハハ、そうだろう? ……昔な、人間に採ってきた魚をやったら『こんなの食べれないわ!』とか言いやがってよ、だからこうやって加熱してやったもんだ。」
「……え?」
人間に……? どういう流れで? ドゥンケルの視線が遠くの空を見つめている。なんだか寂しそうな顔に見えた。
「……ま、もうこの世にいねぇけどな。」
聞いちゃいけなかったのかもしれない。けど、それ以上は何も言わず、黙々と魚を焼いてくれる。ボクは目をキラキラ輝かせながらその様子を見守っていた。
――
しばらくして、ノワールが血相を変えて駆け込んできた。頭上では使い魔のコウモリがパタパタと羽ばたいている。
「なんだぁ? どうしたんだよ、ノワール。」
「大変よ! オスティナート海岸でテネブリスの死体が見つかって、クロウが行方不明なの!」
「はぁ!!!???」
ボクの目が丸く見開かれる。今、なんて言った?テネブリスとクロウが……?
あれだけ勇者に近づかないでって言ったのに。ノクティスが気を利かせて、勇者の位置を把握できるようにクロウを同行させたのに。
作戦を最初に考えたのは、ボクだ。
(またボクのせいで……?)
胸の奥が、スーッと冷たくなるのを感じる。
「ノクティス様に報告に行かなきゃ……!」
「俺は行くぞ。」
ノワールとは逆を向き、ドゥンケルが低く呟く。拳を握りしめ、その拳は明らかに震えていた。今にも噴火しそうな、そんな雰囲気があった。
「俺は勇者の所に行く!!!!」
「はぁ!? 何言ってんのアンタ!! 正気になりなさいよ!! テネブリスとクロウ、同時にやられてんのよ!! ノクティス様の指示を……」
「テネブリスもクロウもやられて、黙ってられっかよ!!! 俺は行くからな!!!」
そう叫んで、ドゥンケルは走り去って行った。
ノワールはグッと堪えたような顔をしたが、止めることなくノクティスの元に走っていく。
ボクは一匹、水場に取り残された。
……あのテネブリスとクロウを同時に倒すなんて、勇者ってどんな化け物なんだろう。
体が大きいやつなのか。
それとも魔法とかいうものを使うやつなのか。
想像して身震いをする。あんなに恐ろしい魔族を、いとも簡単に殺してしまうなんて。
(……待って。)
さっきのノワールの報告……
『オスティナート海岸でテネブリスの死体が見つかって、クロウが行方不明なの!』
クロウが行方不明。
そうだ、帰ってきていない。死体も見つかっていない。
(……何か引っかかる。)
ノワールもドゥンケルも、テネブリスがやられたことで頭に血がのぼってる。だから気づいていないだけかもしれない。
しっぽがそわそわする。急に風向きが変わった気がした。
――あのクロウが、そう簡単に消えるはずがない。……何かがおかしい。
――
サラサラと優しい風が草花を撫でる。金髪の少女が立っていた。冒険者のような服、赤いスカーフ。高い位置で無造作に二つに結んでる髪がサラサラと揺れている。
「あれー、こんな所に川、あったっけー?」
不思議そうにあたりを見回したその瞬間、背後から黒い影が襲いかかる。
少女は拳を握りしめ、振り向きざまに殴りつける。拳からは熱気が放たれている。現れたのはスノウドラゴン。少女の1.5倍ほどの大きさがある青いドラゴンだ。
攻撃を受けたドラゴンは地面に倒れる。
「スノウドラゴンかー。この辺にはいないはずの魔物だけど……やっぱりおかしいな、早く村に帰らなきゃ!」
少女はその場を駆け出して行った。
小さな変化は、やがて大きな変化へと繋がっていく。




