第八話 逃げ場のない森で
時は少し戻りまして今回はマーシャ視点です。
――正直に言えば、
あの依頼を受けた時、少しだけ浮かれていた。
リーフェルの森の奥。
未踏派のダンジョンの調査。
新米の治癒師にとっては、
滅多に回ってこない仕事だ。
しかも、名の知れているフルスイングに、今回だけとはいえ入れてもらえることになった。
(頑張れば……ちゃんと冒険者として認めてもらえるかも)
そんな気持ちが、なかったと言えば嘘になる。
ギルドで声を上げた時、
周りが一瞬、静かになったのを覚えている。
――新米。
――役に立つか分からない治癒師。
それでも、フルスイングは私を連れて行った。
少し怖そうな戦士。
軽い調子の盗賊。
無口な剣士。
……そして。
その時、近くにいたあの人のことが、なぜかずっと心に引っかかっていた。
薬草を納品していた、
少し頼りなさそうな冒険者。
リーフェルの森の奥まで行った、と言っていた人。
(すごいな……)
あの時は、
それくらいの印象だった。
―――
ダンジョンは、最初は本当に簡単だった。
ラビッチョ。
弱い魔物。
数が増えても、問題なかった。
(……大丈夫、いける)
そう思ったのは、
きっと、私だけじゃなかった。
でも。
白い兎が出てきて、
赤い兎が現れた瞬間。
空気が、変わった。
(……逃げなきゃ)
それは、本能だった。
でも、遅かった。
走っても、
足が動かなくなる。
息が吸えなくなる。
回復をしても、
追いつかない。
――逃げられない。
気づいた時には、
仲間の背中が遠ざかっていた。
「……え……?」
声が、掠れる。
分からなかった。
どうして。
どうして、私だけ。
赤い影が迫る。
ああ――
(……死ぬ)
そう思った、その時。
―――
誰かが、前に出た。
細い背中。
剣を持った、頼りない冒険者。
――あの人だ。
次の瞬間、
信じられない光景を見た。
赤い兎の一撃。
――【−1300】
数字を見た瞬間、
血の気が引いた。
(……即死、だ)
普通の冒険者なら、
一撃で終わる。
防具もないのに。
なのに。
その人は、立ち上がった。
「……逃げろ……」
震える声。
それでも、前に立ち続ける。
また、攻撃。
――【−1300】
また。
――【−1300】
何度も。
何度も。
私の知っている冒険者なら、
もう、とっくに動かなくなっている。
「……や、やめて……!」
叫んでいた。
でも、届かない。
剣を振っても、
――【0】
――【0】
何も起きない。
(……どうして)
どうして、この人は逃げないの。
どうして、私の前に立っているの。
回復をしようとする。
でも――
――【+60】
全然、足りない。
「……私のことは……いいですから……」
涙で、声が滲む。
「……逃げて……ください……」
それでも。
その人は、動かなかった。
何度倒れても。
何度殴られても。
前に立ち続けた。
―――
(……この人)
(……この人は)
あの時、ギルドで見た。
薬草を納品して、
「慣れてるだけです」って言っていた人。
あんな顔で、笑っていた人。
――その人が。
今、
命を投げ出すみたいに、
私を守っている。
痛いはずだ。
立てるはずがない。
なのに。
その人は、また立ち上がった。
ふらふらしながら、
それでも、再び私の前に立った。
(……なんで……?)
意味が分からなかった。
剣を振るう。
――【0】
また振る。
――【0】
何も、効いていない。
なのに。
逃げない。
倒れても、
殴られても、
血を吐いても。
ずっと、前に立ち続けていた。
(……お願い……)
私は、必死で回復をかけた。
――【+60】
少なすぎる。
全然、足りない。
涙が出てきた。
「……お願い……
逃げてください……」
声が震える。
「私のことは……
いいから……
冒険者さんだけでも……」
でも、その人は振り返らなかった。
苦しそうに、
それでも前を向いたまま。
その背中が――
なぜか、とても大きく見えた。
(……この人……)
怖いはずなのに。
死ぬかもしれないのに。
それでも、私を守ろうとしている。
――その時。
乾いた音がした。
ぱちっ。
ぱちっ。
変な音。
戦場に似合わない、
おもちゃみたいな音。
そして――
光。
空から、聞いたことのない声。
「ツモ、タンヤオ、一盃口、ドラ1――
4000オールです」
意味は、分からなかった。
でも。
赤い兎の魔物が、
光に包まれて、
崩れ落ちたのを――
私は、確かに見た。
その直後。
冒険者さんは、
その場に倒れた。
「……っ!!」
心臓が、止まるかと思った。
「だめ……!
死なないで……!!」
私は、必死で回復をかけ続けた。
魔力が切れても、
倒れそうになっても。
(この人……)
(この人が……
守ってくれたんだ……)
名前も知らない。
顔も、よく覚えていない。
それでも――
(……命の、恩人……)
その言葉だけが、
胸の中で、はっきりと残っていた。
他人の視点描くの本当に好きなんですよね。
私が1番気持ちよく感じるタイミングなのでこれからも何度もあると思いますがぜひお付き合いください。




