第七話 光
――何度目だ。
赤い影が、跳ぶ。
――【−1300】
ジャンの体が、宙を舞った。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
肺の奥から、空気が無理やり押し出された。
「……っ、ぐ……!」
視界が白く滲む。
それでも、ジャンは立ち上がった。
理由なんて、もう考えていない。
考える余裕は、とっくに失っていた。
背後で、必死な声が重なる。
「や、やめて……!
もう……もう、無理です……!」
マーシャだった。
涙で濡れた声。
それでも、杖を離さない。
「……回復……します……!
だから……だから……!」
光が、ジャンの背中を包む。
――【+60】
焼け石に水。
そんなことは、二人とも分かっていた。
それでも――
やめなかった。
赤い兎が、低く唸る。
次の瞬間。
――【−1300】
「……っ!!」
膝が砕けるような衝撃。
今度は、完全に倒れた。
剣を支えに、どうにか体を起こす。
――振る。
――【0】
もう一度。
――【0】
当たっている。
確かに、当たっている。
なのに――
何も、削れない。
「……くそ……」
口から、かすれた声が漏れた。
耳元で、また音が鳴る。
――ぱちっ。
攻撃を受けるたびに鳴る、意味不明な音。
ずっと前からある、正体の分からない“ブロック”。
(……またかよ)
守れない。
削れない。
逃げられない。
胸の奥が、きしむ。
「……俺は……」
赤い影が、再び跳ねる。
――【−1300】
今度は、声も出なかった。
それでも、立ち上がる。
背後に、守るべき存在がいる。
「……誰かを守れる冒険者に……
なりたかったんだ……」
自分でも、驚くほど弱い声だった。
「無能でもいい……
役に立たなくてもいい……」
視界の端で、マーシャが首を振る。
「だ、だめです……!
もう……もう……!」
「でも……」
赤い兎が、身構える。
「目の前で……
人ひとり守れないなら――」
――【−1300】
体が、限界を訴える。
それでも、ジャンは前に立った。
「俺は……
なんで、冒険者なんだよ……」
膝が震える。
腕が、上がらない。
マーシャの声が、背中に突き刺さる。
「……わ、私のことは……!
放っておいて……!」
「……あなたまで……
死ななくて、いい……!」
ジャンは、笑った。
ひどく、歪んだ笑いだった。
「……なんとか…するから……
大丈夫…だから………」
虚勢だ……
でもそうでもしないと立ってられなかった。
耳元で、また鳴る。
――ぱちっ。
うるさい。
ずっと、うるさい。
(……最後くらい)
ジャンは、手元にあるブロックを見た。
(……仕事、しろよ)
一つを掴む。
訳の分からない、意味不明な存在。
「……雀士だか、なんだか知らないが……」
赤い兎が、跳ぶ。
――【−1300】
視界が、暗くなる。
「……奇跡でも……なんでもいい……」
最後の力で、腕を振る。
「……何か……起これよ!!」
ブロックが、宙を舞った。
――ぱちっ。
いつもと同じ音。
……の、はずだった。
――ぱち
そして、その後…今までとは、違う音。
手元に、新しいブロックが現れる。
瞬間。
どこからともなく、淡々とした声が響いた。
『ツモ。
タンヤオ。
一盃口。
ドラ1。
――4000オール』
次の瞬間。
空から、光が落ちた。
赤い兎を、正確に――
容赦なく、貫く。
――【−4000】
見たことのない数字。
赤い兎の体が、光の中で崩れ落ちる。
森が、静まり返った。
ジャンは、膝をついた。
息をするのも、やっとだった。
「……な、に……今の……」
背後で、マーシャの震えた声がした。
ジャンは、空を見上げる。
空は何もない。
ただの快晴だ。
――だが。
ジャンは、空を見上げる。
空は何もない。
ただの快晴だ。
――だが。
体の感覚が、急に遠のいた。
痛みも、音も、風の冷たさも、
すべてが一歩ずつ、後ろへ下がっていく。
視界の端が、ゆっくりと暗く滲んでいく。
体が、もう言うことを聞かない。
「……ああ……」
声にならない息が漏れる。
力が抜け、視界が傾く。
地面に倒れる直前、
ジャンの耳に届いたのは――
「だ、だめ……!
起きて……! お願い……!」
必死に呼ぶ、マーシャの声。
それを最後に、
ジャンの意識は、深い闇に沈んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じたらコメントや高評価をしてくれると幸いです
それではまた明日お会いしましょう




