第三話 ダメージ0という現実
広場の端、木々が少し密集している場所。
マグノリア・ジャンは、慎重に足を踏み出した。
「……いた」
草むらの向こうで、小さな影がぴょんと跳ねる。
丸々とした体。
ふわふわの毛並み。
淡いピンク色をした、愛らしいうさぎ。
――ラビッチョ。
この森に生息する、最弱クラスの魔物だ。
見た目は完全に無害。
牙も爪も小さく、攻撃性も低い。
子供でも、
生産職でも、
武器さえ持てば倒せる。
冒険者の間では、
「初狩り用」として知られている存在だった。
「……よし」
ジャンは、ゆっくりと剣を構える。
深呼吸をひとつ。
(このくらいなら……)
意を決して、踏み込んだ。
剣を振る。
確かに当たった。
柔らかい毛並みに、手応えもあった。
だが――
0
空中に、はっきりと数字が浮かぶ。
「……だよね」
この世界では、
攻撃が当たれば必ずダメージが数値で表示される。
それが、強さの証明だ。
どんなに非力でも、
子供が振った棒切れでも、
最低でも数ダメージは出る。
だが、ジャンの場合は違う。
もう一度振る。
0
角度を変える。
0
力を込める。
0
「……」
手応えは、ない。
まるで、
相手がそこに存在していないかのようだった。
ラビッチョは、きょとんとした顔でこちらを見つめている。
怒る様子も、
怯える様子もない。
――脅威ですらない。
その時、ラビッチョがぴょんと跳ねた。
ジャンの足元に近づき、
軽く体当たりする。
――ドン。
鈍い衝撃。
次の瞬間、
赤い数字が浮かび上がった。
−100
「……っ!」
息が詰まる。
たった一度、
軽く触れただけの攻撃。
それでも、確かに痛かった。
(100……)
ジャンは、すぐに理解する。
下級冒険者のHPは、
多くても300から400程度。
100ダメージは、大ダメージだ。
場合によっては、
一撃で戦闘不能になる数字。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
自分は攻撃できない。
相手は、軽く触れただけでこれだ。
ラビッチョは、もう興味を失ったのか、
再び草を食べ始めている。
ジャンは剣を下ろした。
そして、視界の端に浮かぶ――
いつものものを見る。
小さな、石のようなブロック。
表面には、意味の分からない模様と数字。
十四個。
戦闘になると、
いつも当たり前のようにそこにある。
子供の頃から見えているが、
役に立ったことは一度もない。
「……一応試してみるか」
ジャンは、淡々と呟いた。
ブロックのひとつを掴み、
ラビッチョへ向かって投げる。
軌道は、確かに――
直撃するように見えた。
だが。
そのブロックは、
ラビッチョの体をすっとすり抜け、
そのまま地面へ落ちた。
次の瞬間、
ぱちっ
と、いつも通りの音が鳴る。
その音に反応して、
ラビッチョがぴくりと耳を動かした。
きょろきょろと辺りを見回すが、
何が起きたのかは分からない様子だ。
少しだけ周囲を警戒したあと、
首を傾げ、
何事もなかったかのように草を食べ始める。
「……まあ、当たらないよね」
ダメージの表示は、出ない。
当然、ラビッチョは無傷だ。
ジャンは視線を戻す。
投げた分のブロックは、
すでに元の数に戻っている。
いつも通り。
特に気にすることでもない。
戦闘中は、
減っても、いつの間にか気づけばまた十四個揃っている。
理由は分からない。
使い道もわからない。
ラビッチョは、もうこちらを見ていない。
草を噛み、
のんびりと食事を続けている。
「……意味、分かんないよね」
役に立ったのか、
立っていないのか。
当たったのか、
当たっていないのか。
どれも、どうでもいい。
結果は、いつも同じだ。
「……無能職、か」
ジャンは、小さく息を吐いた。
剣を鞘に戻し、踵を返す。
袋の中の薬草だけが、
今日の成果だった。
――無能職業「雀士」。
それが、
マグノリア・ジャンの日常だった。
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