第十五話 黄色い雫
アルカリーフの籠は、いつの間にかずっしりと重くなっていた。
「……思ってたより、ずっと早かったですね」
マーシャがそう言って、額の汗をぬぐう。
「うん。二人で作業すると、こんなものなんだね」
ジャンは籠を地面に置き、軽く肩を回した。
一人で来ていた時は、ここまで集めるのに半日以上かかっていた。
それが今日は、気づけば十分な量だ。
「一人だと、途中で休憩も増えますしね」
「……確かに」
マーシャは小さく笑う。
並んで葉を摘み、同じ籠に入れる。
それだけの作業なのに、不思議と時間が短く感じられた。
――その時。
湖面が、かすかに揺れた。
ぷるり、と水を吸うような音。
浅瀬の方から、黄色いスライムが一体、ゆっくりと近づいてくる。
レモンスライム。
極めて弱い魔物である。
討伐対象というより、採取対象。
食用にも使われるほど危険度は低い。
ジャンは無意識に、マーシャの前へと半歩動いた。
レモンスライムの体が、きゅっと縮む。
その瞬間、ジャンは気づいた。
――狙いは、マーシャだ。
「マーシャ!」
考えるよりも先に、体が前に出る。
黄色い酸液が、弧を描いて飛んだ。
――びちゃっ。
ジャンの胸元に直撃する。
「ジャンさん!?」
焼けるような刺激が一気に広がる。
視界の端に、数字が浮かぶ。
-100
「……っ!」
思わず膝が地面につく。
「え……?」
マーシャの声が震える。
本来なら、肌が赤くなってヒリヒリする程度。
顔に受ければ目が強く染みるが、それだけだ。
――それなのに。
「そんな……100……?」
マーシャは慌てて駆け寄る。
「すぐ回復します!」
回復魔法の光がジャンを包む。
+62
体の痛みが、わずかに和らぐ。
「だ、大丈夫……」
そう言おうとするが、声に力が入らない。
まだ、重い。
「……おかしいです」
マーシャは唇を噛む。
治癒師は元々体力が低い。
しかも新米冒険者である自分の最大体力は、90。
もし同じ攻撃を受けていたら――
間違いなく、即死していた。
「ジャンさん。あなたの職業……何でしたか?」
一瞬、迷い。
それから静かに答える。
「……雀士、だよ」
「……雀士?」
聞いたことのない職業名。
「戦えない職業、って言われてる。
剣でも、槍でも、魔物には一切ダメージを与えられない」
マーシャは黙って、さらに回復をかける。
+38
ようやく呼吸が整ってきた。
「でも……受ける方は、どうやら違うみたいだ」
ジャンは苦く笑う。
マーシャは視線を落とし、何かを考えている。
「……ジャンさん」
声の調子が変わる。
「他の人と比べて、何か特別なことはありませんか?
きっと……その力には秘密があるはずです」
「秘密……?」
「だって……私を庇えるくらいの人なんです。
何もないなんて、そんなはずありません」
その目は真剣だった。
心配と、確信と、ほんの少しの憧れ。
「そう言えば……」
ジャンはふと、空中を指さす。
「戦闘中だけ、手元に“ブロック”みたいなのが見えるんだ」
「ブロック……?」
「ほら、今も」
レモンスライムの攻撃を受けた直後から、
いつもの半透明の牌のようなブロックが、視界の端に浮かんでいる。
ジャンはそれを指差す。
しかし――
マーシャは目を細めるだけだった。
「……何も、見えません」
湖面が静まり返る。
風だけが、わずかに水面を揺らした。
見えているのは――
ジャンだけだった。




