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第十四話 ヴァミリア湖


 朝の光がまだ柔らかい時間。


 宿の前で、マーシャは一度だけ深呼吸をしてから、頭を下げた。


「ジャンさん、今日から改めてよろしくお願いします!」


 少し固い声。


 ジャンは一瞬驚き、それから静かに笑った。


「うん、よろしくね」


 無能のジャンと呼ばれてから、

 出かける時はいつも一人だった。


 隣に誰かがいる。


 それだけで、足取りが妙に軽い。


 胸の奥が、少しだけ騒がしい。


「僕はいつも薬草の採取依頼を受けてるんだ。

 討伐より安定してるし、性に合ってるから」


 背負った籠を軽く叩く。

 今日は二つ分。


「改めてだけど、今日はよろしくね、マーシャ」


「はい。足手まといにならないように頑張ります」


「気にしなくていいよ。今日は安全な道しか通らない」


 少しだけ視線を逸らしてから続ける。


「ラビッチョのいた辺りは、まだ危ない。

 だから今日はリーフェルの森じゃない」


「では、どちらへ?」


「南にある、ヴァミリア湖」


 マーシャが瞬く。


「……スライム湖、ですか?」


 距離の割に雑魚スライムしか出ない。

 報酬も低い。

 危険も少ない。


 冒険者からは、わざわざ行く価値のない場所と呼ばれている。


「そう。でもね」


 ジャンは少しだけ誇らしげに言った。


「僕、あそこにアルカリーフの群生地を知ってるんだ」


 マーシャの瞳が、はっきりと輝く。


「本当ですか……?」


「湖の奥の湧き水の近く。

 誰も気づいてない」


 戦えない。


 だから、戦わなくて済む場所を選んできた。


 誰も見向きもしない場所で、

 何度も何度も足を運び、覚えた。


 それがジャンの積み重ねだった。




 ヴァミリア湖は朝靄に包まれていた。


 水面に、ぷるりと揺れるスライムの影。


「本当に……スライムしかいませんね」


「だから“スライム湖”。単純だよね」


 やがて泉の奥。


 岩場を越えた先で、マーシャは息を呑んだ。


「……っ」


 淡い緑が一面に広がっている。


「本当に……こんなにたくさんのアルカリーフ、初めて見ました!」


 ジャンはしゃがみ、一本をそっと摘む。


「根元から引き抜かないこと。

 外側だけ切る。そうすればまた生える」


「再生を促すんですね」


「うん。全部取ると、次がなくなるから」


 マーシャも隣にしゃがむ。


「……難しいですね」


「大丈夫。マーシャならすぐ慣れるよ」


 自然と距離が近づく。


「刃は寝かせて。そう」


 指先が触れそうになる。


 マーシャがわずかに息を止める。


「す、すみません」


「え?」


「……なんでもありません」


 湖の奥でスライムが跳ねる。


 静かな時間。


「ジャンさんは、どうして採取依頼を?」


 少しだけ間が空く。


「……僕1人だと魔物は倒せないからさ」


 苦笑する。


「でも薬草は裏切らない。

 ちゃんと見れば、ちゃんと応えてくれる」


 マーシャはしばらく何も言わなかった。


 そして、ぽつりと。


「……私、その考え方、好きです」


 視線は合わせない。


 けれど声は、はっきりしていた。


 籠の中に、アルカリーフが積み重なる。


 派手な戦闘はない。


 でも。


 並んで座り、同じ葉を摘む時間は――


 確かに、二人の冒険だった。


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