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第十三話 嫌な匂い

今回は夜の冒険者ギルド、ギルドマスター視点です


 夜の冒険者ギルドは、静まり返っていた。


 昼間の喧騒が嘘のように消え、残っているのは紙をめくる音と、かすかなランプの揺らぎだけだ。


 執務室で、ギルドマスターは報告書を机に置いた。


 《未踏派ダンジョン》

 《Aランク個体確認》

 《ダンジョン外出現》


 視線が、文字の上を滑る。


 そして――わずかに、眉が動いた。


「……嫌な匂いがする」


 低い独り言。


 残業処理をしていた職員が、顔を上げた。


「マスターが“匂い”を感じるということは……

 それほど、まずい状況なのでしょうか」


「ああ」


 短く答える。


「長く冒険者をやっていると分かる。

 崩れる前には、決まって似た空気になる」


 若い頃、彼は前線に立っていた。


 幾度も死線を越え、Aランクまで上り詰めた。

 危険や違和感は、いつしか理屈ではなく“匂い”として感じ取るようになっていた。


 辺境の村が、ワイバーンの群れに襲われ壊滅した事件。

 あの時も、最初に感じたのは、こんな小さな違和感だった。


「数字はまだ静かだ。

 だが……均衡が揺れている」


 指先で、報告書を軽く叩く。


「Aランクが深層にいるだけなら問題はない。

 だが、外へ出た」


 魔物は、本来ダンジョンの理から外れない。


 それが破られた。


 偶然では済まない。


「スタンピードの兆候……でしょうか」


「兆候というより、前触れだ」


 職員の喉が鳴った。


 ギルドマスターは椅子から立ち上がり、窓を開ける。


 夜風が入り込む。


 街は静かだ。

 穏やかすぎる。


「まだ血の匂いはしない」


 ぽつりと呟く。


「だが、風向きが変わっている」


 振り返る。


「王都へ救援要請を出す」


「正式に、ですか?」


「ああ。躊躇している時間はない」


 一拍置き、


「“月光の団”へ連絡しろ」


 職員の背筋が、ぴんと伸びた。


 王都最高峰のSランクパーティ。

 国家級災害にのみ派遣される切り札。


「アーロン殿が動けば、鎮圧は確実かと」


「確実だろう。……代償は大きいがな」


 王都が動けば、この街の危機は公になる。

 未踏派ダンジョンは、管理下に置かれる。


 だが――


「街を守るのが俺の仕事だ。

 体裁ではない」


「承知しました」


 職員は一礼し、退室した。


 再び、静寂。


 ギルドマスターは別の書類を手に取る。


 《フルスイング》


 虚偽報告。

 独断専行。

 被害拡大。


「……甘い判断が招いた結果だ」


 本来なら、資格剥奪。


 だが今回はイレギュラーがあった。

 Aランク個体が外へ出たという事実。


 完全な虚偽とは断じきれない。


「処分は“ダンジョン送り”」


 未踏派への定期潜入。

 物資は支給。

 だが、安全は保証しない。

 場所によっては、事実上の死刑に等しい罰だ。


 一拍置いて、ギルドマスターは続けた。


「……だが、生きて償え」


 声は低い。

 だが、そこに怒気はなかった。


「逃げるな。

 投げるな。

 自分で選んだ結果から、目を逸らすな」


「月光の団が到着するまで――」

 魔物の間引きを続けてもらう」


 そこに私怨はない。

 ただ、責任の秤だけがある。


 最後に、もう一枚の報告書へ視線を落とす。


 《マグノリア・ジャン》


 デスミラージ討伐者。

 職業:雀士。

 攻撃力:0


「……奇妙な少年だ」


 聞いたことのない職業。

 白紙に近い戦歴。


 薬草採取で生計を立てていたという噂だけが、かすかに残っている。


 だが――

 今回の素材が示す通り、外で討伐した事実は揺るがない。


 偶然か。

 それとも、均衡を崩す側の存在か。


「……今は、まだ匂わん」


 だが、風が荒れれば分かる。


 強者は、嵐の中でこそ輪郭を持つ。


 窓の外を見る。


 夜は静かだ。


 あまりにも、静かすぎる。


「……何事もなければいいがな」


 それは祈りではない。


 経験が告げる、予感だった。


 嵐はいつも――

 静かな夜に近づく。


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