第十二話 それでも、一緒に
冒険者ギルドの騒ぎが、ようやく落ち着き始めた頃。
ジャンは、壁際の椅子に腰掛けていた。
背中を丸め、両手を膝の上で落ち着きなく動かしている。
(……帰りたい……)
視線を上げるたび、誰かと目が合う。
すぐに逸らした。
(……なんで、こんなに見られてるんだろ……)
素材を売りに来ただけだったはずだ。
それなのに、いつの間にか場の中心に立たされていた。
「……ジャンさん!」
凛として、透き通る声。
顔を上げると、赤いベレー帽の少女が立っていた。
マーシャだ。
「あ……」
小さく声が漏れる。
「……えっと……」
立ち上がろうとして、少し慌てる。
「……だ、大丈夫ですか……?
さっき……その……」
何を言えばいいのか分からず、言葉が途切れる。
マーシャは、ゆっくりと首を振った。
「……いえ。今は大丈夫です」
そう言ってから、深く息を吸う。
そして、ジャンの正面に立った。
「……ジャンさん」
ぴんと背筋を伸ばし――
「改めて。本当に、ありがとうございました」
深く、頭を下げる。
「……あの時……
ジャンさんが来てくれなかったら……
私は……」
言葉の先を、飲み込む。
ジャンは、慌てて両手を振った。
「……そ、そんな……
ぼ、僕は本当に……
たまたま通りかかっただけで……」
視線を逸らす。
「……助けた、なんて……
そんな……」
「違います」
はっきりとした声。
ジャンが、驚いて顔を上げる。
「たまたまじゃ、ありません」
真っ直ぐな視線が、射抜く。
「何度も言いますけど……
あの時、逃げなかったじゃないですか」
一歩、近づく。
「助けようって、必死に足掻いてくれたじゃないですか」
ジャンは、何も言えなくなる。
「……私……
あの時、本当に一人だと思いました」
小さく笑う。
「でも……
ジャンさんが前に立ってくれた時……」
ぎゅっと、杖を握る。
「……生きていいって、思えたんです」
胸の奥が、きゅっと縮む。
(……やめて……)
そんなふうに言われる資格はない。
そう思っているのに、否定できない。
少しの沈黙。
「……あの」
マーシャが、少しためらいながら続ける。
「お願いが、あります」
ジャンの喉が鳴った。
「……お、お願い……?」
「……私、まだすっごく未熟です」
「回復しかできませんし……
スタミナだって多いわけじゃありません」
一瞬、唇を噛む。
「でも……
冒険者でいることは、やめたくないんです」
顔を上げる。
「だから……」
一歩、近づく。
「ジャンさん。
もし、よければ……」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「私と一緒に、パーティを組んでもらえませんか?」
ジャンの思考が止まる。
「……え……?」
「……ぼ、僕と……?」
マーシャは、こくりと頷いた。
「はい」
「ジャンさんと一緒なら……
ちゃんと前に進める気がするんです」
しばらく沈黙。
ジャンは、視線を落とす。
(……無理だ……)
攻撃力0。
役に立たない職業。
(……足、引っ張る……)
「……あ、あの……」
声が震える。
「ぼ、僕……
本当に戦えなくて……」
「……たぶん……
迷惑、かけます……」
マーシャは、少し首を傾げた。
「迷惑、ですか?」
「……は、はい……」
少し考える仕草をしてから、
彼女はふわりと笑った。
「大丈夫です」
「ジャンさんなら、きっとまた奇跡を起こしますよ」
「……え……?」
「あの時の、綺麗な光。私、一生忘れませんから」
まっすぐな言葉。
「それにデスミラージを倒したジャンさんのこと、
私、信じてます」
ジャンは戸惑う。
「……あれは……
自分でも、よく分からなくて……」
「なら」
迷いのない声。
「一緒に、検証していきましょう」
その言葉に、ジャンの心臓が跳ねる。
「分からないなら、調べればいいんです」
にこっと笑う。
「大丈夫です。怪我しても、たくさん回復します」
少しだけ胸を張って。
「なんたって、私は治癒師ですから!」
その明るさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……断れない……)
そう思ってしまった。
「……あの……」
しばらく黙ったあと、ジャンは小さく言う。
「すぐに……
ちゃんと役に立てるわけじゃ、ないです」
「はい」
「しばらく……
何もできないかも、しれません」
「はい」
それでも、彼女は頷く。
ジャンは、深く息を吸った。
「……それでも、いいなら……」
小さく、頭を下げる。
「よろしく……お願いします……」
一瞬の間。
そして。
「はい!」
弾むような声。
「こちらこそ、よろしくお願いします!ジャンさん!」
その笑顔は、まぶしいほどだった。
ジャンは思う。
(……大丈夫、なのかな……)
不安は消えない。
でも。
(……一人じゃない……)
それだけで、
少しだけ、足元が安定した気がした。




