第十一話 存在しないはずの討伐
第十話 存在しない討伐
正直なところ、
ジャンは少しだけ気まずかった。
(……混んでるな……)
冒険者ギルドの中は、
いつもよりざわついている気がする。
視線が多い。
声も低い。
(……あれ?
今日、何かあったのかな……)
だが、ジャンは戦闘の疲れと赤いアルミラージの素材解体でひどく疲れていたため、深く考えるほどの余裕はなかった。
(あのアルミラージ…硬すぎて本当に大変だったんだよな…)
ジャンは、両手で抱えた袋を落とさないようにしながら、
受付の列へと並ぶ。
(……素材、売ったら……
今日はもう帰ろう……)
それだけを考えていた。
ようやく順番が来る。
「あ、あの……」
控えめに声をかける。
「……ま、魔物の素材なんですけど……
か、買い取って……もらえますか……?」
素材袋に入れていた赤いアルミラージの皮と角を取り出した。
「はい、では素材を――」
受付嬢がこちらを見た瞬間。
空気が、変わった。
ゴワゴワした赤い毛皮
そして赤黒く変色した、ねじれたツノ。
血を吸ったような、不気味な光沢。
受付嬢の動きが、ぴたりと止まる。
「……これ……」
周囲の冒険者たちも、気づいた。
「……おい、あれ……」
「赤黒いツノ……?」
ざわめきが、広がる。
ジャンは、びくりと肩を跳ねさせた。
「……あ、あの……
や、やっぱり……ダメ、でしたか……?」
受付嬢は、ゆっくりと顔を上げた。
「……少々、お待ちください」
そう言って、奥へ声をかける。
「ギルドマスターを……!」
ジャンの心臓が、どくんと鳴った。
(……え?
そ、そんなに……?)
数秒後。
奥から現れたのは、
厳しい表情をした壮年の男――ギルドマスターだった。
その視線が、ツノに吸い寄せられる。
「……間違いないな」
低い声。
「これは……
デスミラージの角だ」
ギルド内が、ざわっと揺れた。
「デスミラージ!?」
「未踏派ダンジョンの……!」
ジャンは、完全に固まった。
「……え……?」
ギルドマスターが、ジャンを見る。
「……君が、これを?」
ジャンは、慌てて首を振った。
「い、いえ……
その……えっと……」
言葉を探す。
「……た、倒したのは……
た、たまたま……というか……女の子が襲われてたので助けようとしたら成り行きで……?」
その瞬間。
「――ふざけるな」
低い声が割り込んだ。
振り向くと、
そこにはフルスイングの三人がいた。
ハワードの目は、
明らかに険しい。
「お前が……
デスミラージを倒しただと?」
ギルド内の視線が、一斉にジャンへ集まる。
エドが、鼻で笑った。
「冗談きついっすね。
それ、俺たちが遭遇したやつっすよ?」
「……え……?」
ジャンは、困惑したまま口を開く。
「……あ、あの……
た、確か……
赤いアルミラージでしたけど……」
ハワードの眉が、ぴくりと動く。
「……赤い?」
ジャンは、気づかず続けてしまう。
「……あ、あれ……
すごく強くて……」
思い出すだけで、背筋が冷える。
「……ふ、普通の冒険者なら……
たぶん…一撃で……
即死する……くらいの……」
ギルド内が、静まり返った。
ハワードの喉が、ひくりと鳴る。
エドが、慌てて口を挟む。
「じゃあなんで生きてるんすか!?
そもそも攻撃も全て0の!無能の!あんたが!」
「マーシャを助けようと思ったら……急に光に包まれて……というか、そもそもどうしてマーシャさんは、あの時一人だったんですか……?」
――しん、と空気が凍りついた。
ジャンは、本気で疑問に思っただけだった。
だが、その一言はあまりにも鋭すぎた。
ハワードの表情が、一瞬で強張る。
「……何の話だ」
低い声。
だが、わずかに揺れている。
「え……?」
ジャンは戸惑いながら首を傾げた。
「……えっと……悲鳴が聞こえたので駆けつけたら……マーシャさんが……デスミラージ? に追われていて……。でも、一緒にパーティを組んでいたハワードさん達がいなかったので……その……」
ざわり、と空気が揺れる。
「……一人?」
「まさか……囮にして逃げたってことか?」
誰かが呟いた。
エドが慌てて声を荒げる。
「ち、違うっす! あれは……!」
だが、続く言葉が出てこない。
そのとき。
「あの」
澄んだ声が、ギルドの入口から響いた。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは、赤いベレー帽の少女――マーシャだった。
顔は青ざめているが、瞳はまっすぐ前を向いている。
「……その話、私が説明します」
ギルド内が静まり返る。
マーシャは一歩ずつ前へ進み、フルスイングの横に立った。
「……私たちは、調査依頼を受けてダンジョンに入りました。そして奥でアルミラージの群れと遭遇しました」
ハワードの肩がぴくりと揺れる。
「討伐は成功しました。ですが、その直後……赤い個体、デスミラージが現れました」
ざわめきが広がる。
それは、フルスイングの報告にはなかった内容だ。
「撤退の判断が下されました。ですが――」
マーシャは唇を噛みしめる。
「本来、魔物はダンジョンの外へは出ません。けれど……デスミラージだけは、外まで追ってきました」
誰も息をしない。
「そして……新人で体力のなかった私は……」
一瞬、言葉が詰まる。
「……取り残されました」
どよめきが起きた。
「撤退の合図もなく……気づいたら、誰もいなくて……」
エドが叫ぶ。
「違う! お前が遅れただけだろ!」
マーシャは静かに首を振った。
「……私は最後尾でした。
明確な指示は、ありませんでした」
ギルドマスターの視線が、フルスイングへ向く。
「事実か?」
ハワードは口を開きかける。
だが――言葉が出ない。
ジャンが小さく続ける。
「……それで……マーシャさんの悲鳴が聞こえて、僕が駆けつけたら……もう目の前まで迫っていて……」
震える声。だが、はっきりと。
「……助けようとしたら……赤黒いツノのアルミラージが……僕に向かってきて……」
血を吸ったような、ねじれた角。
先ほど提示された素材と一致する。
「……それで……気づいたら……倒れていて……」
嘘はない。
だが説明になっていない。
それが逆に、強い現実味を帯びていた。
ギルドマスターがゆっくりと口を開く。
「フルスイング」
重い声が響く。
「君たちの報告では、“総員で戦闘し、撤退した”とある」
沈黙。
「しかし証言は一致しない」
鋭い視線が突き刺さる。
「新人治癒師を置き去りにし、虚偽報告を行った可能性がある」
ハワードの額に汗が滲む。
「ち、違う……! 俺たちは――」
「では説明しろ」
一刀両断。
「なぜ彼女は一人だった?」
答えられない。
エドも俯く。
他の三人も、完全に沈黙した。
空気が変わる。
先ほどまでジャンに向けられていた疑いの視線は、
今やフルスイングへと突き刺さっている。
ジャンは、オドオドとしながらも、強くはっきりと言った。
「……もし……本当に、置いて逃げたんだとしたら……」
拳を握る。
「……それは……許せません」
静まり返るギルド。
その一言が、決定打となった。
ギルドマスターが静かに宣告する。
「フルスイング。事情聴取を行う」
冷たい声。
「虚偽報告および、パーティメンバー放棄の疑い。
重大な規律違反だ」
ハワードの顔から血の気が引く。
完全に、追い詰められていた。
その緊迫した空気の中で。
ジャンはそっと受付嬢を見る。
「……あの……素材の……査定は……?」
受付嬢はぎこちなく微笑んだ。
「……Aランク相当の素材です。正式な査定にはお時間をいただきます」
どよめきが再び広がる。
Aランク。
この街の最高戦力と謳われるフルスイングですら、討伐が困難とされる魔物。
その素材が、今――ジャンの手にある。
存在しないはずの討伐。
攻撃力0の少年。
そして、崩れ落ちるフルスイング。
――噂は、もう止まらない。




