わたしはまほうつかいになった
大きくなったらなりたいものは沢山ある。
いまわたしがいちばんなりたいものは、まほうつかい。
どうしてなりたいかというと、かわいそうなお話がわたしは好きじゃないから。
王子様に恋をした人魚のお姫様のお話や、マッチ売りの女の子のお話とかが、何度読んでもかなしくてたまらないから、お話の中に行って助けてあげたいの。
誰か、わたしをまほうつかいにしてくれないかなあ。
そんなことを、まいにちまいにちずっと思っていたら、きのう寝る前にとつぜんあらわれた虹色の大まほうつかい様に、
「リオンよ、やさしいお前に免じて、一週間だけ特別にまほうつかいにしてあげよう」
って言ってもらえたの。
本当はまほうつかいには何年もしゅぎょうしないとなれないみたい。
そしてわたしは、虹色にかがやくまほうの杖を渡された。
「よいな、一週間だけだぞ」
「はい。大まほうつかい様、ありがとうございます」
わたしはさっそく、まほうの杖をひとふりして、人魚のお姫様のお話の中へ飛びこんだ。
人魚のお姫様は海のかおりがほんのりした。
青白い肌に長い銀の髪、海の色の瞳のお姫様はとってもきれい。
お姫様の手をとるとひんやりしていた。
「声をもどしてあげましょう」
わたしはまほうの杖を振った。
「まあ、ありがとう!」
それから、人間の足は痛くてたまらないお姫様に、もう一つまほうをかけた。
「痛いの痛いの、飛んでゆけ!」
「まあ!もうちっとも痛くないわ。なんてお礼を言ったらいいのかしら」
いいのいいの、お姫様がしあわせなら、お礼なんていらないわ。
「じゃあお姫様、がんばってね」
だれかを助けてあげるのって、いい気分。
今度はマッチ売りの女の子のところへ急いだ。
暖かい手袋とブーツ、帽子をまほうで出して、女の子にプレゼントした。
「ありがとう、とっても暖かいわ」
「どういたしまして」
それからその子の籠にあったマッチを全部買ってあげることにした。
「すてきなクリスマスを!」
女の子にクリスマス用のお肉とパンとケーキを持たせて、元気にお家へ帰るのを見送った。
ふう。まほうって使うととっても疲れるものなのね。
なんだか眠たくなってきちゃった。ほんのちょっとだけきゅうけいをしよう。
クリスマスの色とりどりの飾りが沢山ついたもみの木の下で、まほうのふかふかマントにくるまって眠った。
目をさますと朝で、知らないうちに降り積もった雪で町は真っ白になっていた。
「わっ、こんなに寝ちゃった。早く次のところへ行かなくちゃ」
急に大まほうつかい様の声がした。
『リオンよ、残りはあと2日だぞ』
えっ?もうそんなに日がたっていたの?
その時とつぜん駆けてきた黒いマントにシルクハットの男が、わたしのまほうの杖をうばって逃げていった。
「ああっ、待って!それはわたしの杖よ。それがないとわたしがお家に帰れないわ」
男はバレエダンサーのように軽やかに、舞うように駆けてゆく。
おとなと子どもでは走る早さがぜんぜんちがうから、なかなか追いつけなかった。
「待って、お願いだから返してちょうだい!」
息が苦しくなって、わたしは立ち止まった。
すると男もぴたりととまって、わたしをふりかえった。
「魔法使いごっこをやめるなら、これは返してあげるよ」
「えっ?」
「きみの魔法のおかげで、わたしはとても困っているんだ」
「どうして?」
「お嬢さん、わたしの物語をこれ以上壊さないでおくれ」
男は、シルクハットをふわりと取った。彼は大きくて高い鼻をしていた。
「あなたは、だれですか?」
「わたしの名前はハンスだ」
ハンスって、だあれ?
「ここはわたしが作った世界なのだよ」
「······あっ、物語の作者さん?」
「そうだ」
「ごめんなさい、こわすつもりはなかったの。お姫様や女の子がかわいそうだったから、助けてあげたかっただけなの」
ハンスさんは、口元を片方に曲げてさびしそうに笑った。
「······きみは、やさしいのだね」
「ハンスさんお願いです、お姫様も女の子も、みんなしあわせにしてあげて!」
「お嬢さんは、今いくつかな?」
「七歳です」
ハンスさんはなぜか涙目になって、鼻をすすった。鼻の先が赤くなっていた。
「きみが大人になったら、わたしの物語がきっとわかるさ」
ハンスさんは目の前で、わたしのまほうの杖を半分にへし折ってしまった。
「ああっ!」
「大きくなったら、きみはきみの物語を書くといい。だからわたしの物語は、どうかこのままそっとしておいておくれ」
ハンスさんはそう言って、シルクハットをかぶりなおすと、早足に去って行った。
わたしは折られてしまった杖をひろってじっと見つめた。
「お姫様たちを助けてはダメなの?どうして?」
わたしには、どうしてなのかまだわからなかった。
せっかくまほうつかいになれたのに······。
わたしが助けてあげないと、あのお話の主人公たちは······。
物語の先はわかっている。
わたしはかなしくなって涙がこぼれた。
『リオンよ、これで気がすんだかね?』
「大まほうつかい様、杖が······」
『よいよい』
大まほうつかい様は、折れた杖をまほうで一本のペンにした。
そのペンは虹色にきらめいていた。
『ひねくれハンスに言われたのであろう?リオンも大きくなったら物語を書けと』
「はい」
『物語は、それを作った者のものだからのう。どんなにかなしい結末でも、かわいそうなお話だとて、それはどうにもできないのじゃ』
大まほうつかい様は、パチンと指を鳴らした。
わたしがかけたまほうが解けて、人魚のお姫様とマッチ売りの女の子がハンスさんのお話の通りになってゆくのが見えた。
「うううっ······」
わたしは大声で泣いた。
まだ一日残っていたけれど、大泣きしたまま大まほうつかい様に抱き上げられて、ハンスさんの物語の世界から戻った。
あれから十年が過ぎた。
わたしはあの時大まほうつかい様にもらった虹色にきらめくペンで、今日もわたしの物語を書いている。
わたしはわたしの物語を紡ぐ、正真正銘のまほうつかいになったのだ。
(おしまい)




