一夜の代償
シクべ企画、参加作品です。多分めっちゃ毛色が違うと思います。
私、セリーナは、いわゆる未婚の母だ。
二歳になる娘が居るが、父親は居ない。何故ならその父親は平民の私と違って、お貴族様だから。
娘のアリアを独り身で産んで育てているが、正直言ってかなり、生活が苦しい。
こんなことになるなら、娼館を辞めるんじゃなかった。
まぁ、子供が出来たら仕事が出来なくなるから、どの道長くは居られなかっただろうけど。
――そう、私は娼婦だった。つまり、父親は客の一人。ただ、問題は、貴族ではあるが、誰かは分かっていない、というところだ。
何しろ色んな客を、日を置かずに相手していた。そんな中で誰の子供かなど、簡単に分かるはずも無い。
アリアの瞳は私と同じ緑だが、髪色は綺麗な銀だ。しかし、銀髪の貴族など案外そこら中に居る。あとは顔が良いくらいしか情報が無い。
もしも誰か分かったなら、突撃して養育費を迫るつもりだ。妾にしろとまでは言わない。だが、間違いの責任は取ってもらう。
が、この一年、街のカフェで短時間の仕事をしているが、お貴族様はそもそも庶民のカフェになど来やしない。何なら顔を見る事も無い。
ああ、本当に一体誰の子なのやら。
仕事を終えて、世話になっている娼館へ向かう。仕事の間だけ、面倒を見てもらっているのだ。昼間は寝ているか暇をしているか勉強しているか、な嬢達が積極的に可愛がってくれている。
娼館に着くと、何故かいつもより店内が騒がしい。
まだ客を取る時間でもないのに、と思って中へ入ると、まずサラサラの銀髪が目についた。
次いでアリアの、きゃっきゃ、というご機嫌な声。
「小さいな。加減が難しい」
優しい声は若く、私は困惑した。
「あの! その子、私の子なのですが!」
ひとまずアリアを返してもらおうと声を出す。
すると、その場に居た嬢達と、声の主の視線が一斉に集まった。
「セリーナ!」
「戻っていたのね。アリア、ママが戻ったわよ」
「まま!」
スタスタと近づいて、長身の男性の腕からアリアを取り戻す。
「うちの子に何か?」
「ああ、君だったのか! 娼館を辞めてしまっていたから、探すのに苦労したよ」
「探す?」
どういう事か。まさか、目の前の男が、アリアの父親だとでも?
男は私の目をじっと見て、囁くように言った。
「……運命の人、やっと君を迎えに来られた」
私は唖然として彼を見返す。アリアが生まれて二年、妊娠時期が約十ヶ月なので実質三年弱。そんなに前の客の顔など、一々覚えていない。
ただ稀に、本気で嬢に恋をする客が居る。だが、嬢は当然、本気にはせず、のらりくらりとかわすのがセオリーだ。
多分、彼もその類なのだろう。
しかし私は信じない。何故なら、本気ならば身請けくらいしてくれるはずだからだ。
妊娠発覚までの空白の数ヶ月、彼は会いに来ていただろうか?
答えは多分、否、だ。いくら私でも、何度も来てくれる客なら覚えていたはずだから。
じゃあどうするのかって、話は簡単だ。
「あの、そういうのいいんで。本当に父親なら、養育費下さい」
私は毅然として告げる。そう、愛だけではお腹は膨れない。毎日パン粥をアリアに食べさせるだけで精一杯な生活から脱したいのだ。
男はぽかんとした顔で、だけどすぐに微笑んだ。
「もちろんこれからはきちんと二人を養うとも。やっと当主になれたんだ」
「はい?」
「だから、結婚しよう。僕の運命の人」
きゃあっ、と周りの嬢達が黄色い声を上げる。
いや、結婚て。平民とお貴族様となんて、よくある無理筋だろうに。
しかも当主とか言ってなかった? 周囲にどれだけ反発されるか分かっているのか。
「いや、お金だけで十分なんで。無茶言わないで現実を見て下さいよ」
「心配要らない。結婚は自由にしていいと、家族からの了承も得ている。今日ここに来たのも、やっと時間が取れたからなんだ。この娼館に居たのは間違いなかったからね」
「話が噛み合わないですね。貴族になりたいとは言ってませんよ」
「こんなに待たせてしまって、申し訳ないとは思っている。だからこそ迎えに来たんだ」
……どうしよう。話が通じない。
結婚は自由にしていいとか、そんな話はどうでもいいのだ。ただ、私と娘の日々の安定が欲しいだけで。
そもそも、見つけるだけなら、こんなにかからないはずだ。お貴族様の事情は知らないが、三年は短くも長い。
それに、娼館に預けるようになって一年。一度もアリアと邂逅しなかったなんて、それこそ来なかったからに他ならない。
「あの、何か勘違いをしてますけど、私は今の生活でいいです。ただ、収入が不安だから養育費が欲しいだけで」
「それは駄目だ。僕と一緒に暮らして欲しい」
「元娼婦ですよ? 周りが受け入れられないでしょう」
「問題ない。誰も君達を傷付けたりしないよ」
「権力って怖いですからね」
さて困った。この頭お花畑な新米当主様とやらを説得する方法は無いだろうか。
「アリア、パパと一緒に暮らさないか?」
突然、アリアに矛先を向けてくる。ちょっと待って。そういえば私、この人の名前も知らないというか、覚えてないんだけど?
「娘はまだ二歳です。変な質問はしないで下さい。それと、あなたが誰なのか、私は未だに分かってません」
「失礼。改めて名乗ろう。僕はシュゼル・メイトーン。メイトーン伯爵家の現当主だ」
「は、伯爵!?」
大貴族じゃないか。ますます、結婚なんてとんでもない。
アリアを抱っこしながら、数歩、後ずさる。
「待ってくれ。それに、その子が居るなら、どの道、伯爵家に連なるものとして迎え入れる必要がある」
「あ」
そうか、そうなるんだ。アリアは伯爵家の血を引く娘ってことになる。
自分はともかく、アリアの将来を大きく左右する話だ。
困った事になった。これは、この人の……シュゼルって人の言葉を受け入れなければなるまい。
「ちょ、ちょっと改めて話し合いをしましょう。双方が納得いく形で」
「ではいつにしようか。三日後は?」
「そ、その日なら……休みなので」
「では、住所を教えてもらえるだろうか? 迎えに行こう」
「住所はちょっと。あの、この娼館で朝の十時に」
「そうか……。分かった」
ひとまず、落ち着く時間が必要だ。
私はその後、逃げるように家路についたのだった。
※
約束の三日後、私はアリアをいつも通り連れて、娼館へと向かった。
約束の時間ぴったりに、豪奢な馬車が娼館の前に止まる。
降りてきたシュゼルは、私達に気付いて駆け寄る。
「時間通りだ。さあ、行こうか」
「あの、どこへ」
「我が家だよ、もちろん。話し合いは落ち着いた場所がいいだろうし、アリアの世話をしてくれるメイドも居る」
確かにアリアが居たら、集中して話を聞けない。仕方ない、と馬車に乗ると、ふかふかの椅子に座らされた。
貴族っていつも、こんないい物に乗ってるのか……。
道中、会話はほとんど無かった。大人しくしているアリアを抱っこするシュゼルは、慈しみの目で娘を見ていた。
元々アリアは人見知りをしないので、他人の腕の中でも平気なのだ。
ため息を堪えつつ、長く感じた道のりを終えた私は、お城のような建物を前に固まった。
「おいで、セリーナ」
「……私、名乗りました?」
「運命の人の名前を、知らないはずが無いだろう?」
「それは、すみませんでした」
名乗り忘れた申し訳なさはあるが、返答の中身で罪悪感もどこかへ消える。
ガチガチに緊張しながら建物の中へ入ると、これまた豪奢な絨毯が広がっていて、あまりに広い。どこまでが玄関か分からない。
シュゼルの後をついて行く途中、何人かのメイドとすれ違った。
皆「誰これ」な目ではなく、「いらっしゃーい」みたいな優しい眼差しを向けてくる。逆に怖い。
応接室らしき扉の前に居たメイドさんにアリアを預けて、私とシュゼルは中に入った。
そこは無人ではなく、すでに座ってお茶を飲んでいる夫婦が。見た目から察するに、ご両親だろう。
私達に気付くと、立ち上がって一礼した。
「ようこそ、セリーナ殿」
「二人とも、座って。今、お茶を淹れるわね」
淹れてるのメイドさんだけどね。そこは突っ込まない。だってこの人達は貴族だし。
それはともかく、どうやら私は招かれざる客、という訳でも無いらしい。
お茶が出されてメイドが退出してから、早速お父様らしき男性が頭を下げた。
「この度は、愚息による混乱や困惑を招いてしまい、大変、申し訳ない」
「え? あ、いえ、その、確かに困惑や混乱はしましたが、別にそこまでしてもらうようなことでは」
元伯爵当主だった人に頭を下げられるなんて、一生語れる大事だ。
けど、そこで止まりではなかった。
「ついては、家族会議をした後、正式にセリーナ殿とアリア嬢を我が家に迎え入れる事が決定した。どうか、受け入れてもらえないだろうか」
いや、決定してるなら拒否権無いじゃない。しかもこんな平民に。
事後報告って言うんだよ、それは。
「わたくしからもどうか……! あなた様が受け入れて下さらないと、この家は断絶してしまいます……!」
そこまで深刻な問題だったの!?
お母様らしき女性の言葉に思わずシュゼルを見ると、彼はニコニコしていた。
「元より嫁は、君以外考えられなかったからね。どうかな? 僕の本気、分かってもらえた?」
「痛過ぎる程には分かりました。ご両親がお気の毒です」
「じゃあ、決まりだね!」
「決まりたくなかったですね、出来れば」
何だこの茶番。私が出向いた意味はあったのか。
呆れ返った私はお茶を飲む。美味しい。流石は貴族のお茶。
……何も入ってないよね?
「じゃあ、早速だけど引越しの手配をしよう。本当はこのまま住んで欲しいけれど、君も挨拶回りとかあるだろう?」
「そりゃあ、ありますけど。というか、私の意思は完全に無視ですね」
「これまではその意思すら尊重出来なかったんだ。これからはたくさん、話し合おう」
「……そうですね」
ご両親は顔に手を当てたり、俯いたりしている。諦めてはいるのだろうが、嘆いてもいるのだろう。
同情しながらも、私は二人に頭を下げた。
「大変、申し訳ありません。不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
「あぁ、頼んだぞ……セリーナ殿」
「困った事があったら、いつでも頼ってちょうだいね」
今まさに困っているのだが、そこも黙っておく。
――かくして、私とアリアは貴族に籍を入れる事になったのであった。
※
数年後。
庭では成長したアリアが、庭園を駆け回っている。
そして私は、それをテーブルにつきながら男の子を腕に抱いて、眺めていた。
「はぁ……」
「どうしたんだい? 僕の運命の人」
「その呼び方やめて下さいって、あと何十年言えばいいんですか」
物憂げにため息をつく私に、夫となったシュゼルは今も甘々だ。
対する私も、諦めがついた。一晩の代償の責任を取って欲しいとは思ったけど、ここまでは望んでなかったのに。
人生、どうなるか分からない。
「それより仕事して下さい」
「やだな、もう終わったからここに居るんだよ」
「そうでしたか……」
有能な夫は、私や子供達との時間を作るために、仕事を早く終わらせる。何とも家族愛の強い夫だ。
私はというと、子育ての傍ら、お義母様や教師に教わって、貴族教育を受けている。最近ではほとんど完璧だそうだ。
ところで、たまにふと思う。
――アリアは、果たして本当にこの人との子供なのだろうか。
成長したアリアは可愛らしい。が、どちらかに似てるかと言われたら、分からないのだ。それこそもっと成長してからでないと分からないのだろうが、それでも、時々不安になる。
だが、この不安を夫には一生言うつもりは無い。
全ては過ぎた事。決まった事。
誰の子供だとしても、アリアは私の娘である事に変わりはないのだから。
「セリーナ、今夜は一緒に寝ようか」
「子供はもう、三人も要りませんよ」
「違うよ。セリーナとただ寝たいだけなんだ。……ね?」
「はいはい、分かりました」
何より、未だにくすぐったくも嫌いじゃないこの時間を、失いたくないから。
――たとえ、最悪の日がいつか来たとしても。
ありがとうございました。




