私が拾ったものは?
紙に書かれていたのは、見慣れた数字でした。
なんで、この数字が書かれてるの!?
私が書類に書いた電話番号とメモの内容が同じだったから、お巡りさんはすぐ気付いたようだ。
もしかしたら、私の挙動を観察していたのかもしれない。
「い、いえ、初めて聞く名前です。信じてもらえるか分からないですけど、私のスマホの登録内容見てみますか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。貴女がここに来たときからの動きを思い返しても、変な行動をしてるようには見えませんでしたし」
危なかった。オドオドしてたら怪しまれてたかも。
そもそもそんな人間が交番に財布を届けたりは……そうとも限らないか。世の中は何を考えてるか分からない人だらけだ。
今の電話番号は使い始めてかなり長い。前に使っていた人の番号ってのは考えにくいけど……。
「お巡りさん。もし持ち主が来たとき、この数字が何か聞くことってできそうですか?」
「うーん……難しいですね。薬物とかなら聞けるんですが、これはプライバシーに関わります。犯罪絡みなら警察内部で調べますが、今の時点では……」
「……そうですよね」
今は、なにも起きていない。
たまたま私の電話番号と同じものが書かれているだけかもしれない。
……今まで生きてきて、自分の電話番号と一桁も欠けずに同じ数字が並んでいるのは、他に見たことがないけど。
そもそもハイフンで区切られていないから、電話番号かどうかも分からない。
……零から始まる番号って、何があるだろう。電話番号と口座番号くらいしか思い付かない。
「あの、1割もお礼の連絡もいらないんですけど、受け渡しの状況をお巡りさんから教えてもらうことってできますか?」
「それもじつは……。持ち主に戻ったことは連絡できるんですが、個人情報や内部情報を伝えることは……すみません」
「……たしかにそうですね。無理言ってすみませんでした」
預かり書を受け取り、お巡りさんにお辞儀をして交番を後にした。
個人情報はもちろん、職務で知り得た情報も第三者には話せないはず。
そして、今の時点で私が第三者か関係者かは分からない。
今後“関係者”になるかも分からない。
帰り道、公園の前を通ると、ベンチの辺りに人影があった。
ベンチの下を覗き込んでいるように見える。
公園内の照明を背にしているから顔は見えないけど、なんとなく女性っぽい気がする。
向こうに気づかれる前に、私は自宅に戻った。
もし財布の持ち主だったら声をかけて教えてあげたかった。
──あの数字のメモさえなかったら。
それからの日々、私は何とも言えない不気味さを感じながら過ごすことになった。
〜〜〜
財布を拾った日から一ヶ月、警察からの連絡はなかった。持ち主が現れないのだろう。
気味が悪いから、持ち主が現れなかった場合の“受け取る権利”は放棄していた。
受け渡し完了の連絡が来たら不安が強くなる。
でも……このまま三ヶ月経って連絡が来なかったら、私は安心できるんだろうか。
身の回りで変なことが起きているわけじゃない。誰かの視線を感じることはあるけど、見られているのか神経質になっているのか分からない。
そんな“ただ怖がっている私”のために、忙しい警察は動かない。
何かが起きてからでないと、動いてくれない。
──その“何か”が、何かは分からない。
私の不安は、ずっと募るばかり。
キクチサエコは何者なのか。
あの番号はなんだったのか。
何も分からないが、私がいま──
強い思いが込められたあの財布が持ち主の元に戻らないように願っていることだけは、分かった。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
実際にあった出来事をベースにして、私が思うホラー『理由が分からず、対策も出来ず、ずっと不安に怯え続ける』を物語にしてみました。
【実際に拾った財布】
・四つ葉のクローバー
→パウチなし
・中の金額
→77円
・キャッシュカード
→名義はもちろん違います
・番号のメモ
→私のものではない電話番号。
お巡りさんが電話したところ、『キャッシュカードの名前に心当たりなし』
あの番号はホントに何だったのか。
想像を広げたら怖くなりました。
 




