発展
そこは、とある片田舎だった。観光地というほどの場所もなく、住民のほとんどは地元の高齢者である。このまま誰にも注目されることなく、いつかはどこかの村と合併することになるだろう。そう住民の誰もが思っている、ありふれた寂れた村だった。だから、深夜に空を裂いた閃光になど、誰も気づくはずがなかった。
翌朝、村人が山小屋へ行くため山を登っていた。その山もやはり、いまいちぱっとしない、低く小さな山だった。しかし、そこには唯一異形のものがあった。
「なんだこれは……」
巨大な筒状の物体が地面に刺さっていたのだ。
「大変だ。昨日までこんなものはなかったのに」
その村人は慌てた様子で、警察に電話するため山を下り、村の公衆電話へと急いだ。
電話を受けた警官は、半信半疑の様子で現場へやってきた。あくびを我慢もしない姿は、仮眠中に起こされた哀れな警官を物語る。しかし、物体を見てはそんなことは言っていられなかった。物体はそれほどまでに巨大で威圧感のあるものだった。
警官の迅速な対応により、速やかに物体の撤去作業が始められた。周辺の解体業者が駆り出され、物体の分解を始めようとした。しかし、作業は全く進まなかった。物体は異常なほどに頑丈であり、どんな工具をも受け付けなかった。重機も使用されたが、それも同じことであった。
やがて、騒ぎを聞きつけたテレビ局の記者が大量に押し寄せてきた。解体の様子は生中継され、その番組を見た周辺住民の多くが野次馬として現場にやってきた。遠くから急いで駆け付けた、好奇心のある者も一定数いた。
全国に解体の様子が放送され、多くの人々が固唾を飲んで見守っていた。しかしながら、物体の強固さの前に様々な重機が散っていくのをただ眺めることしかできなかった。
全国的な騒ぎに発展したことを受け、ついに国の調査団がやってきた。物体を構成する物質などを調査するためだ。調査員たちは物体のさまざまな部分に計器を当て、成分を調べだした。
しかし、どの計器も反応を示さなかった。より細かい調査が行われたのち、その物質は地球には存在しない、つまり、物体は宇宙からやってきたものだということが判明した。
そのニュースは世界を震撼させた。宇宙人からのアプローチではないかなどという憶測が、世界中を飛び交った。
調査団はより精度の高い調査を開始した。その過程で、調査員の一人が、物体の一か所に僅かなくぼみが集中して存在しているのを見つけた。それらのくぼみは一定間隔に並んでいたため、文字が彫られているのではないかと予想された。それを受け、世界から多くの言語学者が派遣され研究にあたったが、結局解読には至らなかった。しかし、文字が彫られていたことで、他星文明からの通信ではないかという説が濃厚になった。
各国首脳は緊急的に会合を開き、物体の処遇について話しあった。
「他星からの通信であるとすれば、我々もメッセージを送り返すべきだ」
「しかし、相手の言語もまだ解読できていない。それに、送り返すにしても、相手の星がどこにあるのかわからなければ話にならないではないか」
「他星に通信できるほど高度な文明を持った星だ。地球を侵略しようとしているのではないか」
「その通りだ。きっとあの物体は、地球を破壊するために落とされた兵器なのだ。そんなものを残しておくべきではない。速やかに破壊すべきである」
議論は難航を極めたが、やがて物体の破壊に賛成の国が多数派になった。そして、破壊命令が下された。
現場では、破壊命令を受け、早速大量の爆弾が用意された。その様子は世界に向けて中継され、全人類が作業を見守っていた。
作業班の長の号令によって、轟音とともに爆弾は爆発した。調査員たちは発生した大きな煙幕の中を進み、物体が破壊されたかを確かめに行った。
しかし、物体は何事もなかったかのようにその場に鎮座していた。その後も数回爆破が行われたが、どれも同じ結果であった。
「どういうことだ。あまりにも頑丈すぎる」
現場は騒然とし、やがて破壊の機運が高まった。
「一体どんな構造なんだろう」
「粉々になったところを見てみたいなあ」
そして、政府の決定により、ミサイルを用いて破壊する命令が下った。住民たちは避難させられ、物体の周囲数キロメートルに渡って警戒線が張られた。
しかし、ミサイルも全く効果をなさなかった。その後、核爆弾も投下されたが、人々が内心予想していた通り、やはり物体には傷一つつかなかった。
人類はなんとも言えない腹立たしさを覚えた。人類最強の兵器である核爆弾でさえ一切の効果を上げられなかったのだ。見えない宇宙人に、自分たちの技術を嘲笑われているような気分だった。その感情は時間をかけて増幅し、なんとしても物体を破壊してやろうという思いが人々の心で燃え上がった。
そこからは早かった。人類は物体を破壊するため、従来とは比べものにならないほどのスピードで兵器開発がすすめられた。戦争などしている場合ではない。国同士の問題はすべて妥協による解決が図られ、全ての国が協力して兵器開発に叡智を注いだ。
新しい兵器が開発されるたびに物体に対して使用され、そして悉く敗れていった。しかし、人類が開発を止めることはなく、むしろ、絶対に破壊してやるという意地が生まれ、どんどん兵器開発に熱中していった。それは、一種の狂気ともいえた。
人類の兵器の火力は指数関数的に増加していき、宇宙最強ともいえるほどの戦力を有した兵器がいくつも開発された。
その頃、宇宙を航行するとある戦艦にて、宇宙人の会話。
「地球の奴ら、ついに核爆弾なんて恐ろしいものを開発しやがった。ここで潰しておこうというのは正解だな」
「ああ。そのために戦意を喪失させるガスってのをを入れた筒を送ったんだろ」
「そうだ。あのガスを吸った現在の奴らなど、我々の力を以てすれば一瞬のうちに灰になるだろうよ。そして地球を我々の植民地とするのだ」
「しかし奴ら、あの筒を開けてくれただろうか」
「開けたに決まっているさ。ちゃんと開け方も彫っておいたからな。『筒の先端を反時計回りに回してください』と」




