感情すら許さない
ヴァレフォール家の豪邸の庭には美しい花壇がある。庭全体を彩るように置かれている。花たちは一年中咲き誇り枯れることがない。これはヴァレフォール家の繁栄と魔力の象徴。
庭園の花はこの家の当主の魔法により咲いている。魔法で咲かせた花。当主の魔力を吸い取り現状を維持している。つまり、庭園を維持することは当主の魔力量の証明となる。
ヴァレフォール家の誇りそのものと言える庭園を13歳のときにアイオンは引き継ぐ。息子の才能を認め先代であるアイオンの父が退いたのだ。アイオンは歴代でも最年少のヴァレフォール家の当主となった。
花壇は彩りを増し彼の魔力を知らしめるように庭全体を花々が覆う。魔力量と魔法操作により人の手を借りることなく維持される庭園。
先代でさえ雑草や伸びた枝葉の管理は使用人に行わせていた。それすらも必要としないアイオンの才能に屋敷に招かれた者は感服する。
アイオンが当主となったその年、アサガオが使用人となって三年目。アサガオの前の使用人が1ヶ月後には産休から戻ってくることになっていた。前の使用人が戻って来ればアサガオはヴァレフォール家を去る。
13歳のアイオン少年は内心ホッとしていた。三年たった今でも少年はアサガオの性格を掴みきれていない。質問をしても雑談をしても一言二言素っ気ない返事がかえってくるだけ。いつしかアイオンは彼女を避け必要以上に関わらないようになっていた。
初めの頃はアイオンに対するアサガオの態度に注意をしていたベテランの使用人も匙を投げていた。アサガオは一貫して淡々と対応していた。それはアイオンだけでなく他の使用人や前当主であるアイオンの父に対しても変わらなかった。
彼女の笑顔を見た者はいない。アイオンが最初にアサガオに感じた鉄仮面というイメージはこの三年間で覆ることはなかった。
アサガオが去る一週間前。アサガオと唯一仲良くしている者がいることにアイオンは気づく。元執事でアイオンの父にも信頼されている老人。今は使用人を引退したが主の好意で屋敷で暮らしている。
人当たりがよく穏やか、引退した今でも使用人の良き指導者として助言をしている。アイオンが魔法で管理している庭にもいつも手入れを欠かさないマメな男である。
アイオンはその老人とアサガオが良く会話しているのに気づいた。老人は楽しそうに穏やかな笑みを浮かべる。相変わらずアサガオは無表情を貫く。だが、アサガオの人を寄せ付けない圧のようなものが老人の前では和らいでいるように見える。
少年は老人にアサガオについて聞いてみた。一番の疑問であった彼女に感情はあるのか?をたずねた。老人は声を出して笑った。
「ありますよ。もちろん。でもね坊っちゃん、あの娘はそれを出さない。いや、出せないんですよ。」
老人の回答にアイオンは首をかしげ続きを待つ。老人は一息つき、微笑んだ。そして横に腰かける少年の顔をチラりと見て正面に向き直る。何かを覚悟した顔にスッと変わる。
「坊っちゃんはこの世界に"奴隷"という存在がいたことはご存知でしょう?半世紀ほど前に奴隷階級の制度は廃止されましたが…。」
奴隷階級。もちろんアイオンも歴史の授業で周知している。使用人とは違い、人を家畜のように扱う人権を無視した制度。アイオンは老人にうなづき返した。老人は続ける。
「法で定めても一部の権力者の間では人身売買によって買った人間を奴隷にする者もいる。
秘密裏に人を家畜同然に扱い、戸籍すらも与えない。感情すらも許さない。その多くは奴隷を飼えることを自身の富と権力の象徴と思っているのです。今なお…」
老人の眉間にシワがよる。呼吸が粗くなり憤りを感じる。アイオンは老人の話の一部に引っ掛かる。思わずその疑問が口をつく。
「"感情すら許さない"…まさか…」
老人はそっと少年を見つめ頷く。その潤んだ瞳に老人の優しさと切なさが伝わってくる。
「そう。あの娘は元奴隷です。感情を出すことすらも悪とされ育てられた。
ある権力者の家で五歳から十八歳になるまで育てられたそうです。」
アイオンは絶句する自分と同じ年月を家畜のように扱われた生活。想像すらできない環境がアサガオに鉄仮面をつけさせ感情すらも殺された。
アサガオを奴隷として飼っていた主人は彼女が十八歳のときに捕まった。さすがに十八歳の戸籍のない少女を隠し続けるのには無理があったようだ。
その後アサガオは奴隷出身者を支援する団体に保護され、数年間で教養を身につける。家事全般を覚え使用人として社会に出ることもできるようになった。
「それでもとうとう、あの娘は感情を表に出すことはできなかったようですがね。」
吐き出すように語る老人の声には無念さがにじむ。話はおしまい。と言うように遠くを見つめたまま老人は目をつむる。
老人の話を聞いたあとアイオンはアサガオを探していた。何かを言いたいわけではない。それでも彼女に会っておきたかった。
いつもの使用人用の休憩室にも自室にも彼女の姿はなかった。休憩室をあとにして窓から庭を眺めるとそこにアサガオの姿があった。
いつも仕事以外は自室と休憩室にいる彼女。今日は珍しく庭を散歩している。感情がないわけではない。老人はハッキリとそう言った。彼女は感情を表に出せないだけだと。感情を出せば殴られ蹴られる、彼女が過ごした環境はそういう場所だと…。
アサガオは庭の花たちを眺めながらゆっくりと歩いている。三年間過ごした屋敷。彼女なりに想うところがあるのだろうとアイオンは察した。
少年はそっとイメージを作った。彼女の目に写る花をそのイメージへと変える。アサガオ。彼女と同じ名を持つ花。東の都市に咲くという図鑑でしか見たことの無いその花をアイオンは咲かせた。
アサガオは気づいているのだろうか。教養を得たといってもその花の名が自分と同じだということを知っているだろうか。
少年は遠くに見えるアサガオの横顔をじっと見つめた。アイオンには彼女の口角が心なしか上がったように見えた。




