高度な治癒魔法
海底都市に浮かぶ円盤。街を横断する巨大ロボ。今、都市は侵略をうけている。警告を知らせるように赤く輝き水中を舞うクラゲたち。
人魚の長老は神官たちによって手当てされていた。魔道具を使い止血、治療を行うが出血がひどく回復が追い付かない。傷口が塞がらない。
ソラとオトが合流する。長老の状態にオトは思わず息をのみ口元を覆う。ソラはそんなオトの感情を敏感に感じとる。気が重くなるのを実感する。
それと同時にオトが長老を想う気持ちもソラの感受性は捕らえる。ソラの右手は自然と倒れた長老の身体の上にかざされる。その手のひらが淡く白く輝く。その光は長老へと注がれ彼女の全身を包む。
オトと神官はその様子を黙って見つめる。やがて目を剥く。長老の出血が止まり傷が塞がっていく。徐々に全身に生気が満ちる。顔に血色が戻り、長老の眉間に皺がよる。次の瞬間、長老は咳き込みながらゆっくり上半身を起こす。
キョロキョロと事態を飲み込めず様子を伺う長老。神官たちも混乱し動きが止まる。オトの目から涙が溢れ長老に抱きつく。長老は混乱しつつもオトの頭を撫で微笑を浮かべる。
そして自分の手のひらを見つめて固まるソラを見て長老は語りかける。
「ソラ。これは君の魔法だな。高度な治癒魔法だ。
治癒魔法は概念に近い魔法だから炎や水魔法と違ってイメージが掴みづらい。どうやってこれを…?」
その問いにソラは自分の感じたままを口にした。
「オトの…。オトの気持ちが流れてきたんだ。長老を救いたい。助けたいって想いが僕の中に。
そしたら自然と手が動いてこのオトの想いをそのまま届ければって…うーん。難しいな、、、なんて説明すれば…」
長老はわかったと言うように静かにうなずく。長老は理解した。この少年は感情を魔法に変換できる。それはとてもすごい能力だと思う。
そして、それ以上に長老は嬉しかった。この治癒魔法はオトの愛情そのもの。温かく心地よい。長老は愛おしく想い、再びオトの頭を撫でる。オトはハニカミ頬を染める。
ホッとしたオトの耳に瓦礫の崩れる音が響く。再び少女の顔に緊張が浮かぶ。ソラもそれを感じとり表情が曇る。遠くの方で響く日常が崩れる音。
オトとソラは水中を街を見下ろせる位置まで浮上する。ロボットが建物を壊す。ソラにはそれが特撮映画のように見えた。とても現実という感じがしない。オトの歯が小刻みに震え音を鳴らす。オトの恐怖と不安、怒りの感情はソラの心にも影を落とす。
少女の眼差しの奥にこの街の日常の風景がよみがえる。人々の穏やかな表情と平和な日々。長老に手を引かれ歩いた街の市場。昨日までそこにあったものがガラクタのように踏みつけられる。
オトにとってこの街は決して良い思い出ばかりではない。差別があり孤独だった。それでも自分を守り育ててくれた大切な人(長老)の護ってきた場所。長老の無念を思うとオトは胸を締め付けられた。
あの日常を…長老の護ってきたこの街を、誇りを、踏みにじらないでくれ。オトは心からそう思う。脳裏に浮かぶこの街は温かくそして輝いていた。
オトの複雑な感情をソラは正確にとらえた。その感情がソラを動かした。再びソラは右手を構える。遠くに見えるロボにその手を合わす。ソラは目をつむり深く鼻で息を吸う。
その時、ソラの呼吸に合わせるように、ロボの足元の瓦礫が小刻みに震える。ソラは呼吸を整えながらオトから感じるイメージを読み取る。
この街の有るべき姿を強く思う。瓦礫は逆再生のように元の形へと戻っていく。崩れた家具は再び形状を戻し建物も再生する。
瓦礫を踏みつけたロボの足をよそに建物は本来の姿を保とうとする。やがて邪魔になった足に建物の破片が食い込む。
崩れた瓦礫はロボの存在など無かったことのように定位置へと動く。住居が本来の姿を取り戻した時、ロボの足は跡形もなく砕け散っていた。
バランスを崩し倒れこんだロボが再び住居を倒壊させる。しかし、間もなく崩れた建物は姿を戻す。ロボの上半身を粉々にしながら再生を繰り返す。
気づけば街は元の姿に戻り、邪魔にならない程度に粉々になったロボの破片だけがその場に残った。
ソラは大きく息を吐く。全身を全力ダッシュしたような疲労が残る。指先が震え一瞬視界が眩む。何度か荒く呼吸しながら整える。
オトは呆然と水中を漂う。昨日までの日常が目の前に戻っていた。安堵よりも事態を飲み込めない混乱の方が勝つ。
そしてそれ以上にソラへの憧れが強くなる。これが彼の魔法。やはりソラはこの世界の救世主。オトは自分の心臓の鼓動が早くなっているのに気づきながもその意味をとらえきれずにいた。




