人の心を震わす魔法
綺麗な鈴の音が聞こえる。遠くの方で響き渡っている。耳を心地よく過ぎ去るその音が歌声であるのにソラは気づく。ゆっくりと目をあける。
海底都市を避難し夜が明けるまで眠りについていた。横には神官が二人仮眠をとっている。もう一人の神官が前方で見張りをしている。ソラはオトがいないことに気づく。
見張りの神官にオトの居場所を尋ねる。神官は目をつむり耳をすませるジェスチャーをする。歌声が鼓膜を震わす。この歌声の主がオト?彼女の普段の声も柔らかいがその歌声はまた違った響きをしている。
ソラは歌声の方に泳いでいった。小魚の群れとすれ違う、ソラと同じ方向へと向かっている。目線の先に魚群の玉が見える。吸い込まれるように魚たちが渦を作る。その中心にオトはいた。
彼女の歌声が辺りを包む。規則正しく海を舞う魚たちは幻想的で美しい。ソラは息をのみ、見とれ聞き惚れる。高揚感と浮遊感が全身を覆う。
かつて見た人気歌手のライブと重ねる。あの時感じた爆発的な感情の高鳴りとは違う。心の底からこみ上げてくるような感覚。体のど真ん中から温かくなるような歌声。
温かさは全身を包み自然と涙が溢れた。頬を伝う涙すら温かい。ソラはその顔をオトに見られまいと下を向き目を擦る。ぬぐった涙は水中に溶けていく。
気づけば歌声は聞こえなくなっていた。ソラは顔をあげオトを見る。彼女と目が合う。ソラの心臓が高鳴る。オトははにかむように笑いソラを指差す。
「居たなら声かけなよ。
盗み聞きなんてよくないぞ。」
オトは頬を膨らませて冗談ぽくそう言った。ソラは反射的に「ごめん。」と返す。涙が残ってないか目尻に触れる。そして思ったまま感想を口にする。
「綺麗な歌声だったからつい聞いちゃってた。
すごいね。なんていうか鈴みたいに声が響いてた。うん。感動したよ。」
オトは一瞬目を大きく開きすぐに細めた。口角をあげ「ありがとう。」と微笑む。間をおいて彼女の表情に影が落ちる。そして語る。
「不安だったの。眠れなかった。自分の育った街が危険にさらされて私は逃げてきて…。
これでいいのかな。あの街はどうなったのかなって不安で。」
囁くように語る彼女は頭上を見上げる。ソラもつられて上を向く。さっきまで渦巻いていた魚たちが自由に泳いでいる。
その中に一匹動かず水中を漂う魚の姿がある。スズキさんだ。ソラは気づく。イルカのスズキさんが辺りを警戒するようにオトの頭上を漂っていた。オトは顔を戻しソラを見つめ続ける。
「不安だったから歌ってたの。ふふ。
変だよね。でも私ね、昔から歌ってると無心になれるの。嫌なこととか歌ってると忘れちゃう。
歌ってるその瞬間だけ集中できる。嫌なことを完全に忘れられるわけじゃないけど…。
その一瞬だけ夢中になって楽になれるんだ。」
溜め込んでいたものを吐き出すようにオトは話した。話し終えるころにはその顔に花を咲かせた。
ソラは納得する。なにかに熱中する感覚。それは演者と観客の違いがあれど共感できる。ふいにライブ終わりに母が言ったことを思い出す。
「魔法みたいね。自分のパフォーマンスで他人の心を動かせるのって。
歌手も作家も両方それができる。すごいなぁ。
"人の心を震わす魔法"。それが使える魔法使いの手助けがしたくて…。だから、私、編集者になったのかな。」
呟くように話す母の横顔はどこか満足そうだったのをソラは思い出す。そして、オトを見る。目の前の少女は人の心を震わす魔法が使える。とても素敵な魔法だと思うと自然と表情が穏やかになる。
オトとソラ。海底都市で起こる不穏な自体をよそに二人は束の間の平和を味わいながら過ごしていた。




