魂の共鳴者
海底都市の端に丸い白テーブルが浮かぶ。それに合う背のついた椅子に瓜二つな二人が腰を掛ける。天才魔道師と久遠蒼真、シンクロした動作でティーカップから紅茶を口にそそぐ。
二人は上空を眺めながら優雅なティータイムをおくる。円盤が動きを見せないまま夜が明けようとしていた。日の光がもうじき彼らの頭上の海面を照らす。
彼らの動作だけが緩やかで海底都市の人々のパニックとは対称的に見える。久遠蒼真は魔力を変換し魔法でクッキーを出す。皿に盛られたクッキーを天才魔道師は口へ運ぶ。
二人はそんな風に数時間、海底都市の人々を肴に優雅に時間を過ごしていた。
久遠蒼真という男は一見して表情からは感情が読めない。一定した穏やかな顔、落ち着いた佇まい。まるで心に波が無いように見える。
しかし、その心の内では嵐が渦巻いている。
人が一生を通して感じるか感じないかの喜びや痛みをわずか一週間で感じとる。ーーそれほどの感受性を持って生まれたのだ。人と関わることが苦痛で幼少期から集団が避け、孤独を好んだ。
そんな彼にとって小説を書くことは、社会と距離をとりその感性を活かせる、唯一の天職だった。
読書や漫画、映画、創作に触れるのが好きだった。感性を刺激されるような物語体験は感受性が豊かな彼をその世界へと引き込んだ。物語の登場人物の心情を追体験する。感性の化け物たる彼には容易なことだった。
数多の物語が彼に刺激を与え経験と知恵を与える。いつしか彼は自身も物語を紡ぐようになった。そして思う。試してみたい。自分の物語がどう評価されるかを…。
彼が学生時代のことである。その作品は編集者の目に止まり賞をとる。人の感情をどん底まで叩き落とす心理描写はホラー作家の新鋭として注目を集める。
しかし、その作品は彼にとってはホラーではなく日常。彼が周りの人間たちがどう見えているかをメタファーを交えて物語として再構築しただけである。
久遠蒼真にとって日常の人との繋がりはホラーである。
世間の評価は瞬く間に彼を人気作家の一人にした。小説は売れ映像化される。書けば売れると言われるほどに後の作品もヒットした。
若くして富と自由な時間を手にした。だが、彼は孤独だった。理解者がいない。編集者や同業の作家との交流も少なくともある。その者達すら彼の孤独を埋めるものではなかった。
だから彼は創作にのめり込んだ生きてる時間全てを物語を創ることに捧げた。この世界のどこかにいる自分の理解者に向けてラブレターを書くように...。
一冊の小説に出会う。聞いたこともない作家の売れない小説。拙いミステリー小説。ありきたりなトリック、飽き飽きするような使い古された展開。
しかし、犯人の動機の描写が久遠蒼真の心を刺す。そして感じる。この作家は自分と同じものをこの世界から感じ取っている。自然、鳥肌がたつ。ざわつく肌の感触は彼を行動に移させる。
その作家の出した他の二冊の小説にも目を通す。二作のファンタジー小説。犯人の動機ほど人間の生々しい感情の描写はないが確かにその作品は自分の感性と通ずるものを感じた。
会ってみたい。この作家に会って話をしてみたい。彼がこんなことを他人に思うのは産まれて初めてであった。自分の中に他人に興味を持つ感情があることに自身驚いた。
すぐに担当編集者に連絡しその作家の情報を求めた。しかし、すでにその人物は亡くなっていた。
自分の小説に関するネットの感想や世間の批評。「わかってない。」「そうじゃないっ。」「違うんだよッ!」思わず声をあげたくなる。評価されても理解はされない。
希望を絶たれた気分だった。やっとこの世界の闇に光(理解者)を得たと思っていたのに。
彼の落胆をよそに編集者は呑気に答えた。
「その人の奥さんならうちの部署で編集してますけどね。」
久遠蒼真はすぐに編集長に掛け合った。その女性を自分の担当にしてほしい。売れっ子作家のわがままに編集長は応えてくれた。
自分と同じ感性で生きる作家。理解者なく孤独に生きていると思っていた。そんな男が選んだ女性。
湊葉月。その女性編集者はそう名乗った。結果として彼女は彼の孤独の理解者にはならなかった。
しかし彼の見ている世界を理解しようとしてくれている。この闇の世界に臆せず入り込もうとしているのがわかる。
死去した作家が彼女を選んだ気持ちも理解できる。孤独な世界で感性が共鳴する相手を求める。この女性なら理性でそれに近づけるかもしれない。
久遠蒼真はティーカップをそっと置く。目を合わせた天才魔道師は不敵な笑みを浮かばせる。蒼真は表情を変えない。
自分と瓜二つの男。対話しなくとも自分の行動を理解してくれる。求めていたハズの魂の共鳴者。しかし、これほど似た者同士ではさすがに不気味だ。
椅子を引き立ち上がる。世界樹で作った杖を握る。黒いローブと杖は久遠蒼真がイメージした魔道師そのものの姿だ。雰囲気はイメージに影響し魔法の質を変えると天才魔道師に説明された。
「メイド姿でそれを言われても…」と講義したが天才魔道師は「これが俺の戦闘服さ。」と一蹴した。その言動だけは理解できなかった。
久遠蒼真は杖を掲げる。目を瞑り頭の中にイメージを広げる。次の瞬間、彼の魔法が発動した。




