長老は考察する。
人魚の長老が一羽のウサギを抱きかかえる。全速力で泳いできたため息があがり肩で呼吸する。眉をひそめ周りを見回す。白い毛に包まれたウサギの群れが辺りを飛び回っている。水中を泡のように漂うその存在は一瞬緊張感を忘れさせる。
長老は考察する。避難した海底都市の人々は消え、ウサギの群れが残った。間違いなくこのウサギはこの都市の住人だ。彼女は大神殿の上に浮かぶ円盤を睨む。
先程、あの円盤から伸びた光。あの光を浴びた者がウサギになったと考えていいだろう。"人をウサギに変える魔法"。
抱きかかえたウサギの頭を撫でながら長老は思う。厄介だ。この魔法なら死傷者を出さずこの都市を無抵抗で侵略できる。
長老はこの事態を"魔王"の仕業と推測する。過去にこの世界に災厄をもたらした天才魔道師。彼は封印され生き続けている。おそらく彼が転移魔法を用いて異界者を呼び出した。並外れた想像力を持つ者を…。
久遠蒼真。ソラ少年の勘が当たっているのであれば異界者はその人物だ。間違いないだろう。彼が魔王だ。
そして魔王が円盤を想像し人をウサギに変える魔法で人々を無力化した。目的はこの都市の侵略。そしてこの世界の支配。おそらくは十日後、冥月王が目覚めてからも支配者の地位を譲る気はない。それが人をウサギ化した理由。
天才魔道師は大量虐殺などお構い無しだ。しかし、今回は無力化するだけで死者は出していない。原因は冥月王の存在を危惧してのことだろう。
冥月王は冥界の魂の量によって力を増す。大量の死者が出れば冥界に行く魂の数も増える。それは冥月王の力を上げることになる。この世界の恒久的な支配が目的なら必ず冥月王は魔王にとって最大の敵となる。
つまり、冥月王の存在がある限り死者がでる事態にはならない。これはこちらにとっては好都合。変化の魔法なら人間に戻す魔法も存在するはずである。(人を生き返らす魔法は存在しない。)
問題は十日間生き残れるか。皆がウサギになれば終わりである。冥月王の復活を待つしかない。魔王側も勝機があって冥月王に挑むハズである。
となれば我々ができることは生き残ること。そしてできれば魔王勢力の消耗及び弱体化。その鍵を握るのはあの少年。ソラ。
長老は魔道具を使いソラたちに指示を出す。
「今は魔法の魔力を貯めるインターバルだと考えられる。時間が経てばまたあの光線を撃ってくる。
今のうちにソラを連れてこの街を出ろ。今のところ対抗する策がない。こちらは一旦退くしかない。」
神官たちの「了解」の言葉が耳に届く。長老は震える手で胸に抱くウサギの背をなでる。癒しを求めて触れた背の柔らかい感触。脳裏にこの街で笑っていた子供たちの姿が浮かぶ。おもわず唇を噛む。
ソラの姿が浮かぶ。大神殿の屋上で見せた魔道師としての才能の片鱗。冥月王の前に立ちはだかった勇敢な姿。
ーー託すしかないあの少年にソラに…。あの子だけが魔王の想像を超えていくと信じて…。




