かつて魔王と呼ばれた男
巨大樹から落ちる葉が海中を舞う。その落ち方は地上とは違う。久遠蒼真はそれを眺めながら眉をひそめる。
手に持った食べかけのリンゴから手を離す。リンゴは重力に逆らわず吸い込まれるように地面に当たり飛び散る。それを見て顎を軽く揉んだ。
それを見ていた天才魔道師が呆れたように話す。メイド服のスカートが波に揺れる。
「不思議か?
水の浮力のうけ方の違いがあることが…。」
その言葉に蒼真はうなずき持論を語る。
「海中でも地上と同じように食事もできる。手に持ったリンゴが波にのまれることもない。海水を飲み込むこともない。
不思議だとは思う。だが、これが"概念を変える魔法"の力だと言われればそれを信じるしかない。」
メイド服の天才魔道師は皮肉っぽく笑う。
「それがいい。逆にイメージしてみればいい。…試しにここは海中だと意識しろ。理屈ではなく体で覚えろ。」
蒼真は不信に思いながら言われた通りにする。目を閉じ意識する。潮の香りがイメージを補助する。
次の瞬間。口へ海水が流れこんでくる。鼻で海水を吸う。全身が水に濡れ、体が波にのまれる。溺れる。彼は手足をばたつかせる。
イメージを加速させる。今度は逆、今まで通り海の中で呼吸ができる世界を意識する。胸が締め付けられ視界が霞む。肺が悲鳴を上げる。ーーその瞬間空気が流れこんでくる。海水はどこかに消え酸素が肺を満たす。激しく呼吸する。濡れていた服が徐々に乾いていき軽くなるのがわかる。
意識するだけでこれほど影響をうけるのか…。彼は改めて概念を変える魔法の凄さを実感する。先ほど死にかけた人間とは思えない笑みを見せる。込み上げてくるのは好奇心と興奮。この世界は面白い!
天才魔道師は冷めた目で彼を見つめた。好奇心に取り憑かれた変態を、さげずむような目で。
「これが概念の魔法だ。ここはイメージを魔法に変える世界。概念の魔法は魔力供給と魔力操作の補助をしているに過ぎない。
だからこそ本人が呼吸ができるイメージをできなければここはただの海中になる。」
天才魔道師は一旦言葉をきる。目を閉じ鼻で息を吸い続ける。再び目を開ける。
「だからこそイメージを信じられなかった人間は月に向かった。
そう、月の住人は魔法を否定しているから概念の魔法の影響をうけられない。奴らは海の中では生きられない。」
蒼真は話を聞きながら色々な空想をする。ブツブツと思考が口をつく。その目に輝きが宿る。
「なあ、そろそろ魔法の実践を始めないか?イメージが魔法になる。…色々と試してみたいこともある。」
蒼真の発案に天才魔道師は眉をひそめる。お前が言うかっ誰のせいで魔法の訓練が中断してたと思ってるんだ。しかし、その言葉はのみ込んだ。
言っても無駄なのはわかる。自己中を具現化したような男なのは話していればわかる。
「では、まずはこの世界の魔法の基礎。水の魔法から覚えてもらおう。」
そう言うとメイド服の男の前の水の動きが変わる。波が起こりだんだんと球体に水の流れが変化する。久遠蒼真はそれを見て口角をあげる。
かつて魔王と呼ばれた男の魔法の授業が始まった。




