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月の住人

「ちょっと待て」

 

 久遠蒼真が右手を上げ話を遮る。天才魔道師は目を細め、またかというようにため息をつく。


 巨大な木の前で二人は会話している。天才魔道師は幹に溶けるように埋め込まれ、久遠蒼真はその正面で海中を浮遊する。


 久遠蒼真はこの世界の歴史や構造に興味をもって訪ねていた。天才魔道師としては早く魔法の訓練を始めたかった。だが、久遠蒼真の好奇心がそれを許さない。久遠蒼真は質問する。


「冥月王とはなんだ?冥王でも冥界の王でもなく、冥"月"王。

 月を支配するとはどういうことだ?」


 天才魔道師の鼻から息がもれる。興味なさげな表情で目線を上に向け答える。


「文字通りだ。"月の住人"を追い払い月を支配したのだ。」


 淡々と答える天才魔道師に対して久遠蒼真の目は輝きが増す。質問が早口になる。


「月の住人⁉この世界は月にも人が住むのか?面白い。素晴らしい。

 ならば海中同様、月でも呼吸ができるのかーーー。面白すぎるぞこの世界ッ!」


 語気の強さに久遠蒼真の興奮が伝わってくる。対照的に天才魔道師は静かに返す。


「月の住人なんてのはほぼ、おとぎ話に近い存在だ。

 本当にいたかどうかもわからん。冥月王の語る物語に登場するだけだ。」


 微笑を浮かべ久遠蒼真は首をふる。


「事実かどうかは関係ない。その物語の特異性が読者の興味をそそるのだ。

 "海の中で呼吸できる世界"は"月の上でも呼吸できる世界"。概念を変える魔法。面白いぞ。やはり。ハハハ。」


 久遠蒼真のその言葉に天才魔道師は「いや…」と否定から入る。そして続ける。


「月の住人は魔法を使わない。伝承ではーー彼らは"科学"を使う。

 魔法を拒み、月に移住した野蛮人。それが奴ら月の住人だ。」


 天才魔道師の口調は少しきつくなる。天才といわれるまでに魔法を極めたこの男。彼にとって魔法を否定する者など忌み嫌う存在である。


「魔法と科学。

 この世界はお互いを異文化として考えているわけか。なるほど。」


 久遠蒼真は顎に手を当て満足そうに歯を見せる。何度かゆっくり首を縦にふる。


「なるほどな月の住人は科学をもって宇宙空間を攻略したのか。そして冥月王によって征服された。」


 天才魔道師は遠くを眺める。首を横にふりながら語る。


「征服ではない。冥月王は月を侵略し、月の住人を追放した。そしてその土地を我が物としたのだ。

 追放された彼らがどこに行ったかはわからない。この星に戻ったか別の星を目指したか…。」


 それを聞き久遠蒼真は空想を宇宙へと広げる。どこかの星でひっそりと暮らす元月の住人達。新たな土地で科学を利用して発展する人々。そんな物語が彼の中で広がる。


「そういえば冥月王というのは異名か?それとも本当に冥界がこの世界にあるのか?」


 思い出したように久遠蒼真がたずねる。天才魔道師はめんどくさそうに答える。


「冥界はある。いや、あった。魂の行き着く場所として魔法で冥月王が異空間を作り出していた。」


 「ほぉ」と魔法の可能性に久遠蒼真は感心する。天才魔道師がさらに語る。


「魂の管理が冥王の役目。死後、天へと昇る魂を管理するのに月は都合がよかったようだ。」


 この世界の構造を知る度にさらなる疑問が出てくる。久遠蒼真の知的好奇心が止むことがない。頭に奇妙な浮遊感がある。


 嬉々とする久遠蒼真の顔を見て天才魔道師は何度目かのため息をつく。


 冥月王が眠りにつくまで数時間。自分と瓜二つのこの男。久遠蒼真。自信家の天才魔道師も久遠蒼真の旺盛な知的好奇心を前に不安を感じていた。果たしてこのままでこの男を魔王にできるのかーー。


 


 




 


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