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久遠蒼真は天才である。

 久遠蒼真(くおんそうま)は天才である。小説家として大成してもその創作意欲に陰りはない。小説家として得た富も自身の創作への好奇心と探求心を満たすためだけに使う。


 丁寧な暮らしを心がけ清潔に保つ。ストイックに食事を管理し運動を習慣とする。徹底した自己管理で己を磨きあげる。自分の存在そのものが作品であるかのように肉体を鍛える。


 興味がわけばやってみる。興味がなければ動かない。自分の心に忠実で素直。端から見ればワガママで傲慢。しかし、他人は気にしない。自分は創作の神がこの世に創った依り代だと思っている。


 世の中が自分中心に動いているとは思っていない。だが、こと創作に関してはそう思う。自分が必要なとき必要な出来事、知識が手に入る。


 久遠蒼真は廃病院の一室を見回す。動画と同じ部屋。中央には水溜まり、手を触れ臭いをかぐ。ん?なめる。しょっぱい。塩水いや、海水か?


 山奥の廃病院に海水?久遠蒼真は不思議に思い頭をかく。うしろで編集者の葉月が顔をしかめているのには気づかない。


 久遠蒼真の創作の扉が開く。彼の考えは科学や論理的な思考ではない。単純に面白さ。この現状をどう解釈すれば面白いか、作品に繋がるか。ただそれだけである。


 廃病院、ワープホール、海水。


 作家の横顔を見て葉月はため息まじりに話す。


「こういうとき先生は本当に楽しそうですね。」


 作家は葉月の言葉には反応せず海水のついた手を窓の光に当て眺める。ぼそっと語る。低く小さいだがよく通る声だ。


「これは作品の種。いや、これは作品そのものだ。」


 久遠蒼真の目に輝きが増す。目をつぶり再び匂いをかぐ。彼の脳裏に海が広がる。潮の香り、波の音、どこまでも続く海と空。動画のワープホールの先にその大海原は広がっている。そんな妄想が広がる。


「どんな世界だ?ワープした先の世界は?海。海が広がっている。ほかにはほかにはなにがある?島は?船は?」


 久遠蒼真は思わず早口で思考が口からでる。葉月はその言葉に海?どこから海を連想したのだろうと疑問をもつ。同時に海という単語で亡き夫との水族館でのデートを思い出す。そして口をつく。


「海の中で呼吸ができたら…」

 

 久遠蒼真は葉月の言葉に一瞬顔をあげ天を見る。なにかに気づいたようにああと声がもれる。


「海の中で呼吸…そうか。その世界の人間は海の中で呼吸ができる。その設定だったら、島や陸地はいらないな。」


 久遠蒼真の口調は更に早くなる。思考がさらに加速するのを感じる。


「いらない。ああ。いらない。海の中で暮らす必然性は陸がないからだ。暮らすしかないんだ海の中で。」


 突飛すぎると葉月は思う。だが、面白い。今、この男の中で広がる世界を見ていたい。久遠蒼真はさらにその広がりを語る。


「海の中で暮らすとなると海底に都市があるな。海の底なら光源はどうする?海上からの光では物足りん。そうだな、ちょうちんアンコウ?いや、発光する魚。うむ幻想的だ。」

 

 葉月は想像する。海の底に沈む都市。街を照らす光る魚群。確かに幻想的だ。わくわくする。それ以上にミステリーとホラーの名手が挑む幻想小説それもまた興味深い。

 

 久遠蒼真は目を瞑り人差し指を立てる。指揮をするように指を踊らす。


「光の帯となって海底都市を泳ぐ魚群。街は幻想的な光に包まれている。人々は、水流を利用して生活に活かす。行き交う人々は上へ下へと自由に水中を泳いで移動する。」


 葉月は息をのむ。先生の脳内ではこの世界が動きだしている…。


 久遠蒼真は輝きを帯びた目を開ける。満足そうに口角をあげる。


「さて、この海中世界になにを入れる。どんな人物を入れれば面白くなる?ここから小説が始まる。どんな事件がおこる?」


 久遠蒼真は自身の中に答えがあるように問いかける。普段の無機質な彼の表情から想像できないイタズラっ子のような笑みが浮かぶ。葉月もまたその表情に興奮する。名作がうまれる予感。


 そのとき、床が歪む。空間がさけるように割れる。穴が出現した。葉月は驚きで思考が停止する。その穴に取り込まれる天才作家の姿を眺めることしかできない。


 穴に消える久遠蒼真の顔は興奮で歓喜していたのを葉月は見た。気づけば病室には葉月一人が残った。森から聞こえる木々の揺れる音と謎の鳥の声が葉月の恐怖心を煽っていた。


 

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