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ワープホールのような空間の歪み

 男は室内を見回す。森の奥の廃病院。昼間だというのに室内は薄暗い。古い建物独特の匂いが鼻をつく。常人なら一歩をためらうだろう。だが、この男は違う。ためらうことなく歩を進める。おそらくこの場所を真夜中に訪れたとしても男の行動は変わらない。


 男のあとを追う女性はなにも言わない。何を言っても聞かないことはわかっている。この風変わりな天才作家は常識の外にいる。


 湊葉月(ソラの母)は男の旺盛な好奇心が満たされるまで付き合う覚悟だ。この男の探求の先に名作がうまれる。


 そのために廃病院を管理する自治体に取材の許可も申請した。今話題の心霊スポット。


 肝試しにきた若者が撮影した動画。数週間前、snsにその動画が投稿されると一部界隈で注目が集まる。


 病院の一室に広がる穴。それは老朽化により開いた穴ではない。空想上に存在するワープホールのような空間の歪み。


 撮影された動画では騒ぐ若者たちの声とその穴が映っている。穴は数十秒で塞がり空間の裂け目は病院の床へと戻る。


 「合成映像だ」「子供騙しだ」と多くの人が笑い飛ばす。だが、一部の人間はこれを本物と疑う。この作家もその一人である。そのために遠方からやってきた。


 葉月は動画の真偽はわからない。しかし、この作家の好奇心を満たし新たな創作の扉を開けるなら喜んで協力する。心霊スポット巡りなどかわいいものだ。


 葉月は過去にこの男が新興宗教に興味をもった事を思い出す。宗教団体に二人で潜入調査したことがある。あのときのことを思い出すと鳥肌と苦笑いが出てくる。ほんとうにため息がでる人である。


 作家が通路を迷うことなく進む。靴音と建物の破片を踏む音だけが響く。ある一室で作家は止まる。躊躇せずその部屋へ足を踏み入れる。


 ネットでは心霊マニアが場所を特定、病室もわかっている。この作家も熱心にその情報を集め葉月にこの場所へ取材に行くことを告げた。何人かの心霊マニアがここを訪れたが穴は見つかっていない。


 穴の出現が事実としてもそれはもう現れないかもしれない。ここに取材へ来たところで意味はない。普通ならそう思うだろう。時間の無駄。


 だが、と葉月は思う。この作家は違う。この作家が興味をもち動く。偶然は作家の運命力によって必然となる。


 たまたまあの穴は動画に撮られ、たまたまこの作家が目にした。そのことは運命なのだ。この作家が好奇心と行動力、そして天才性で呼び込む運命。穴は必ず出現する。葉月はなぜかそんな予感がする。


 作家もわかっている。創作のため、名作を残すためにこの世に生まれてきたその自負がある。だからこそ、この男は迷わない。


 男が病室に入る。窓にはヒビ、外の光が室内を照らす。ほこりが光に照らされ舞う。森の奥の為木々に光は遮られ病室はやや薄暗い。


 木々の揺れる音、謎の鳥の声。外からの音がわずかに聞こえるが室内は静まり返っている。


 室内にはベッドが四つ置かれている。もう誰も寝ることのないベッドは静かに朽ちている。カビた臭いが鼻をつく。


 葉月はふと気になり時計を見る。15時22分。今日1日のことを思い出す。昨夜から近くのホテルに滞在している。


 葉月がホテルの朝食のため食堂に向かっていると作家とすれ違う。ジャージ姿で外出していたようでなぜかびしょ濡れだ。雨が降っていたのかと聞けば10キロ走ってきたという。


 そういえば、朝のランニングが日課だと何かのインタビューで言っていたのを思い出す。どこにいてもそのルーティンを崩さない姿勢は尊敬に値する。そして少しの呆れ。


 それからストレッチを30分行い、朝食を食べその後、10時まで執筆を行う。


 一通りのルーティンを終え、観光を行う。それも予定していないことだった。心霊スポットには午前中に向かうことにしていた。予定が狂う。しかし、そんなのかまう男ではない。好きなようにすればいい。


 結局、廃病院に着いたのは14時46分。まあ昼間のうちに着いただけよかった、と思うしかないだろう。夜の廃病院など葉月は勘弁してほしいと思う。


 葉月が気づくと作家は病室の真ん中で膝をついていた。なんだろうと作家の目線を追うと床に水溜まりがある。作家はためらわず触る。臭いをかぐ。


 うっと葉月は思わず目をそらす。そして今の光景を目をつぶり整理する。なめた⁉変人だと思っていたがそこまでする⁉


 目を開け視線を戻すと男は立ち上がり頭をかいていた。今見たものは気のせいだ。きっとそうだ。そう思おう。葉月は自分にそう言い聞かせていた。


 


 


 

 

 


 


 


 


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