また一人、勇者が消えた。魔王視点2
# 第3話「レベル1、ようこそ」(魔王視点)
魔王城の玉座で、私は深いため息をついていた。
「はぁ...また始まったか」
最初の頃は興味深く水晶球を観察していたものだが、同じことの繰り返しにもう飽き飽きしている。
大抵の勇者は森のキングスライムで死に、何度かやり直してもせいぜい町の門までたどり着くのが限界だ。
しかし、このユウトという勇者は少し違った。
「ほう?」
水晶球の中で、ユウトがキングスライムに立ち向かっていた。以前とは明らかに動きが違う。落ち着いている。
「おやおや、学習能力があるじゃないか」
キングスライムの核を一撃で貫いた瞬間、私は思わず身を乗り出した。
「やったな、小僧」
これは予想外だった。ほとんどの勇者が何十回死んでも越えられない最初の壁を、ついに突破したのだ。
『経験値を獲得しました』
システムの声が響く。私がこの世界に組み込んだゲーム的システムだ。勇者たちのモチベーション維持のためのものだが、大半は最初のレベルアップすら体験できずに諦めてしまう。
「レベル1か...懐かしいな」
私自身も昔はレベル1だった。遠い昔の話だが。
スキル選択画面が表示される。視野拡張、応急手当、心眼。どれもレベル1相応の基礎的なスキルだ。
「さて、何を選ぶかな」
大抵の勇者は攻撃的なスキルを欲しがるものだが、選択肢にはそれがない。私の意地悪な設定だ。
しかし、ユウトは長い間考え込んでいた。
「真剣に選んでいるな」
そして彼が選んだのは《応急手当Lv1》だった。
「ほほう...賢い選択だ」
私は感心した。多くの勇者が派手なスキルを求める中で、実用性を重視した判断。これは見込みがある。
「久しぶりに面白くなりそうだ」
ユウトが町に向かって歩いていく姿を見ながら、私は久しぶりに期待を抱いていた。
1847回目にして、ようやく本物の勇者が現れたのかもしれない。
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# 第4話「勇者、パンを買う」(魔王視点)
翌朝、私は水晶球を覗き込んでいた。
「今日はどんな愚行を見せてくれるのかな」
しかし、映し出されたユウトの姿は予想外だった。
「あれ?」
堂々と商店街を歩いている。以前のような怯えた様子はない。店の人々と自然に会話している。
「おお、勇者様じゃないですか」
魚屋の店主が笑顔で挨拶している。
「これは...変化だな」
レベル1になっただけで、これほど変わるものなのか。いや、レベルアップそのものよりも、「成功体験」を得たことの方が大きいのだろう。
パン屋の老店主が言った。
「今回は目が違うねぇ」
「流石だな、爺さん」
私は独り言ちた。この老人は長年多くの勇者を見てきている。その彼が変化を認めたということは、本物の成長なのだ。
道具屋での会話も興味深かった。
「応急手当の材料?...あんた、ちゃんと準備してんじゃん」
店主の娘が感心している。私も同感だった。多くの勇者は装備ばかりに金を使い、基本的な道具を軽視する。しかしユウトは地味だが確実に必要なものを揃えていた。
「この調子なら...」
そして、ユウトが掲示板の前で立ち止まった時、私は驚いた。
「依頼を見ているのか」
今まで1846人の勇者を見てきたが、最初から依頼に興味を示した者はいない。みな最初は「魔王討伐」という大きな目標にばかり目が向いていた。
しかし、ユウトは違った。小さな依頼から始めようと考えている。
「現実的だな...いいぞ」
そんな時、町外れで少女が泣いているのをユウトが見つけた。
「あ...まずい」
私は慌てて別の水晶球を覗いた。そこには魅了型デーモンと影のデーモンの姿があった。
「おい、お前ら!今はやめておけ!」
しかし、私の声は届かない。配下のデーモンたちは独自に行動していた。
「せっかく良い調子だったのに...」
ユウトが少女に声をかけるのを見ながら、私は頭を抱えた。
「死ぬなよ、小僧...」
1847回目にして初めて、私は勇者の無事を祈っていた。
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# 第5話「その勇者、街の外れにて」(魔王視点)
「やめろ、馬鹿ども!」
私は水晶球に向かって叫んでいたが、当然ながら効果はない。
魅了型デーモンと影のデーモンがユウトを罠にかけようとしている。私の配下だが、彼らは独自の判断で行動することがある。
「タイミングが悪すぎる...」
ユウトがようやく成長の兆しを見せ始めたばかりなのに。
戦闘が始まった。
「おお?」
最初に影のデーモンの爪がユウトの腕を切り裂いた時、私は覚悟した。またここで死亡だろうと。
しかし、ユウトは慌てなかった。
「《応急手当Lv1》!」
手際よく包帯で止血している。
「いいぞ!その調子だ!」
私は思わず声援を送っていた。自分でも驚いた。魔王が勇者を応援するなど、前代未聞だ。
足に傷を負っても、またすぐに手当てをする。学習したスキルを的確に使っている。
「流石だ...実戦で活用できているじゃないか」
そして、ユウトが反撃に転じた瞬間、私は立ち上がった。
「やれ!やってしまえ!」
剣が影のデーモンを切り裂き、続いて魅了型デーモンの胸を貫いた。
「やったああああ!」
私は魔王城で一人、拳を振り上げて喜んでいた。部下たちが見たら卒倒するだろうが、そんなことはどうでもよかった。
『レベル1 → レベル2になりました』
「レベル2だ!よくやった!」
しかし、喜びは束の間だった。まだ影のデーモンが残っていた。
「逃げろ!小僧!」
ユウトは疲労困憊だった。影のデーモンとの一対一では分が悪い。
案の定、最後は首を切り裂かれて死亡した。
「ちくしょう...」
私は玉座に深く沈み込んだ。
しかし、今回は違った。完全な敗北ではない。初めて敵を倒し、レベル2に到達した。これは大きな進歩だ。
「次はもっとうまくやるだろう」
私は確信していた。この勇者は諦めない。そして確実に強くなっている。
「配下どもには厳重注意だな...」
魅了型デーモンはユウトに倒されて消滅したからいいが、影のデーモンには後で説教する必要がある。
「せっかく良い勇者が育ってきているのに、台無しにするんじゃない」
私は独り言を言いながら、次のループに備えて水晶球の調整を始めた。
1847回目の勇者ユウト。
彼はきっと、私を楽しませてくれるだろう。
そして、もしかしたら——本当に私を倒すかもしれない。
久しぶりに感じるこの高揚感。これが「期待」というものだったか。
「頑張れよ、小僧…」
魔王は静かに呟いた。