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第4話:パン一つ、その帰り道に。

# 第4話「勇者、パンを買う」


翌朝、ユウトは町の商店街を歩いていた。


以前なら足早に通り過ぎていた石畳の道を、今は堂々と歩いている。すれ違う商人や住民たちの視線も、なぜか以前ほど重く感じない。


「おはようございます」


魚屋の店主に声をかけると、相手も驚いたような顔をしてから笑顔で返してくれた。


「おお、勇者様じゃないですか。おはようございます」


小さなやり取りだが、ユウトには大きな変化だった。以前は目も合わせられなかったのに、今は自然に挨拶ができる。


パン屋の前で立ち止まる。老店主が窯からパンを取り出しているところだった。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「すみません、食パンを一斤お願いします」


「はいはい、毎度あり— ん?」


老店主がユウトの顔をじっと見つめた。


「おや?今回は目が違うねぇ」


「え?」


「最初に来た時は、なんだか頼りなげで...でも今日は、ちゃんと前を見てる。そんな顔してるよ」


老店主は優しく微笑んだ。ユウトの変化を見抜いていたのだ。


「ありがとうございます」


パンを受け取り、代金を払う。財布の中身を確認すると、やはり記憶通りの金額が入っていた。ループしているのは時間だけではない。どうやら所持品も一定のルールで引き継がれているようだ。


次に向かったのは道具屋だった。


「いらっしゃい、勇者様」


カウンターにいるのは店主の娘らしい、二十歳前後の女性だった。茶色の髪を後ろで束ね、エプロン姿が似合っている。


「包帯と消毒薬をください」


「包帯と消毒薬?あんた、応急手当の材料買うのね」


彼女は少し驚いたような顔をした。


「以前来た時は、ただ剣を買って行っただけだったのに...ちゃんと準備してんじゃん」


「あ、はい...」


「偉いわね。多くの勇者様は最初、装備にばっかり金をかけて、こういう基本的なものを軽視するのよ」


彼女は商品を袋に入れながら続けた。


「でも本当に大切なのは、こういう地味なものなのよね。頑張って」


温かい激励の言葉だった。ユウトは素直に嬉しく思った。


商店街を抜け、町の中央広場に向かう。そこには大きな掲示板があり、様々な告示や依頼が貼り出されていた。


以前なら素通りしていたが、今日は足を止めた。


『緊急依頼:街道のゴブリン退治』


『報酬:銀貨50枚』


『依頼主:商人組合』


『護衛依頼:隣町への荷物運搬』


『報酬:銀貨30枚』


『依頼主:ハンソン商会』


様々な依頼が並んでいる。ユウトは興味深そうに読んでいった。


「俺にもできそうなものがあるかもしれない」


以前なら考えもしなかった発想だった。勇者としての大きな使命ではなく、小さな依頼から始めてみるという考え。


しかし、まだ決断するには早い。レベル1になったとはいえ、実戦経験は乏しい。もう少し力をつけてからでも遅くはないだろう。


掲示板を離れ、町外れに向かって歩いていると、向こうから少女の声が聞こえてきた。


「あ、あの...すみません...」


振り返ると、十四、五歳くらいの可愛らしい少女が立っていた。薄いピンクの髪を三つ編みにし、白いワンピースを着ている。その目には涙が浮かんでいた。


「どうしたの?」


以前なら声をかけることもためらっていたが、今は自然に口から言葉が出た。


「あの...お兄ちゃん、もしよろしければ...」


少女は困ったような表情で、町外れの草むらの方を指差した。


「あそこに私の大切な首飾りを落としてしまって...お一人じゃ怖くて...」


ユウトは一瞬迷った。以前の経験から、この世界には危険が潜んでいることを知っている。しかし、目の前で泣きそうになっている少女を放っておくこともできない。


「分かった。一緒に探そう」


「ほ、本当ですか?ありがとうございます!」


少女の顔がぱっと明るくなった。


ユウトは少女と共に町外れへ向かった。背中に温かいものを感じながら。


これが、彼の初めての自主的な行動だった。

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