第3話:マジ1つ、レベルアップ。
# 第3話「レベル1、ようこそ」
森の中に響く太鼓のような音。それは巨大なスライムが跳ねるたびに地面を叩く音だった。
「また来たか」
ユウトは木の陰から身を潜め、キングスライムの動きを観察していた。もう兵士はついてこない。死に戻りの時の【スキル選択】もない。
以前なら恐怖で足がすくんでいたはずだが、今は違う。何度も死を経験し、何度もこの場面を繰り返すうちに、彼の中で何かが変わっていた。
キングスライムは直径3メートルほどの巨体で、透明な青いゼリー状の体の中央に大きな核が見える。動きは鈍重だが、一度の体当たりで木をへし折るほどの威力がある。以前の戦いで学んだことは、核を狙わなければ倒せないということだった。
「落ち着け、落ち着け」
ユウトは深呼吸をした。手に握るのは町で購入した安物の剣。刃こぼれもあるが、これでも立派な武器だ。
キングスライムがゆっくりと木の方へ近づいてくる。ユウトは息を殺して待った。そして、スライムが木の真横を通り過ぎた瞬間——
「はあああッ!」
渾身の力で飛び出し、剣を核に向けて突き立てた。
ぶちゅっ、という嫌な音と共に、剣は核を貫通した。キングスライムの巨体がぶるぶると震え、そのまま地面に崩れ落ちる。透明だった体が薄暗くなり、やがて蒸発するように消えていった。
「やった...やったぞ!」
これが初めての勝利だった。何度も死に、何度もやり直し、ついに掴んだ初勝利。ユウトの胸に熱いものが込み上げてきた。
すると突然、頭の中に声が響いた。
『経験値を獲得しました』
『レベル0 → レベル1になりました』
『スキルポイントを1獲得しました』
「え?えええ?!」
目の前に光る文字が浮かんでいる。まるでゲームの画面のようだった。
『スキルを選択してください』
『選択可能スキル一覧:』
『《視野拡張(小)》:周囲の索敵範囲が広がる』
『《応急手当Lv1》:布などで軽傷を止血できる』
『《心眼(ごく弱)》:一瞬だけ敵の気配を察知』
ユウトは立ち尽くした。ゲームなら即座に選ぶところだが、これは現実だ。自分の命がかかっている。
視野拡張は便利そうだ。敵をいち早く発見できれば、奇襲を避けられる。心眼も似たような効果があるだろう。
しかし、ユウトの視線は《応急手当Lv1》に向いていた。
「そうだ...俺はいつも怪我をして死んでいる」
今までの戦いを思い返す。いきなりの致命傷からの昏睡、死亡。致命傷を負う前でも、必ず軽傷から始まっている。その軽傷を放置したせいで、出血や痛みで動きが鈍り、最終的に命を落としていた。
もし軽傷の段階で治療できれば——
「《応急手当Lv1》を選択します」
光る文字が消え、代わりに温かい感覚が全身を包んだ。頭の中に包帯の巻き方、傷口の洗浄方法、止血のコツなどの知識が流れ込んでくる。
「これは...すごいな」
まるで長年の経験者のような知識が身についていた。ユウトは握り拳を作る。手応えがある。確実に強くなった実感があった。
森を抜け、町の門へと向かう道すがら、ユウトは今までとは違う感情を抱いていた。
絶望ではない。諦めでもない。
希望だった。
「まだレベル1か...でも、これなら」
町の城壁が見えてきた。石造りの立派な門には、槍を持った衛兵が立っている。以前なら萎縮していたが、今は違う。
「今度こそちゃんとやってみよう」
ユウトの表情に、初めて前向きな光が宿っていた。
レベル1。たった1つのスキル。
それでも、それは確実な成長だった。この世界で初めて掴んだ、自分だけの力だった。