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また一人、勇者が消えた。魔王視点1

# また一人、勇者が消えた。魔王視点1



## 今度の勇者は、少し変わっていた


魔王城の玉座で、私は水晶玉を覗き込んでいた。


またか。


今度で何人目だろう。人間どもがまた新しい「勇者」を召喚したようだ。水晶玉に映る光景は、いつもの儀式の間。白髭の賢者リオンが例の大袈裟な演技をしている。


「おお、目覚めましたね!選ばれし勇者よ!」


毎回毎回、同じ台詞だ。芸がない。


今度の勇者は17歳ほどの少年らしい。黒髪で、顔つきはそう悪くない。だが——


「え、無理。帰して」


水晶玉越しでも聞こえる小さなつぶやきに、私は眉を上げた。珍しい。これまでの勇者たちは、召喚されると大抵二つのパターンに分かれた。「世界を救うぞ!」と燃え上がるタイプか、「なんで俺が?」と困惑しながらも結局は受け入れるタイプか。


だが今度の少年——ユウトというらしい——は明らかに違う。内心では完全に拒否している。顔には出さないが、その表情には「面倒くさい」と書いてある。


「ふむ、面白い」


スキル選択の場面になった。私は少し身を乗り出す。これまでの勇者たちがどのスキルを選ぶかで、その後の戦略を練ってきた。強力な剣術を選ぶ者、魔法を選ぶ者、稀に変わった補助系を選ぶ者。


今回の選択肢は——


1. 火花(指先から小さな火花を出す)

2. 読唇術(他人の口の動きを読める)

3. 探知(超短距離だけ敵感知)


「……相変わらず意地悪だな、運命の女神よ」


私は苦笑した。初回選択肢は常に微妙なものばかりだ。これも女神が設定したルールの一つ。強すぎる勇者では物語にならないし、弱すぎても面白くない。


ユウトは迷っている。その表情は完全に「どれもダメじゃん」と言っている。結局、消去法で「火花」を選択。


「火花か。前の勇者は『神速』を選んで、それなりにやってくれたが……」


水晶玉の映像が城門へと移る。ユウトが護衛の兵士と共に出発していく。その足取りは重い。まるで処刑台に向かうかのような顔をしている。


「さて、今度はどこまで来れるかな」


私は手を鳴らした。すると、部下の魔族が現れる。


「はい、魔王様」


「例の森のスライム、今度も同じ位置に配置してある?」


「はい。レベル5のキングスライム、いつもの場所に」


「良い。では観察しよう」


私は再び水晶玉に集中した。これまでの勇者たちの多くが、この最初のスライムで躓いた。レベル1の勇者にレベル5の敵。フェアではないが、これも女神のルールだ。


「真の勇者なら、この程度の試練は乗り越えてみせるはず」


それが建前。実際は、ほとんどの勇者がここで死ぬか、大怪我をして撤退する。そして二度と戻ってこない。


水晶玉の中で、ユウトたちが森に入った。


「3分後だな」


私は時間を計る。いつものように、3分後にあの場所でスライムと遭遇する。そして——


予想通り、スライムが現れた。キングスライムの巨体に、兵士は吹き飛ばされる。ユウトは「火花」を使おうとするが、当然効かない。


「ああ、また終わりか」


私はため息をついた。キングスライムがユウトに体当たりする。人間の少年が宙に舞い、地面に叩きつけられる。


「3分23秒。前回より少し早いな」


水晶玉の映像が消える。また一人、勇者が消えた。


「魔王様、今度の勇者は——」


「ダメだったよ。いつものように」


部下に答えながら、私は複雑な心境だった。


実は、私は勇者に負けたいのだ。この無意味な戦いにうんざりしている。しかし女神のルールにより、手加減することは許されない。勇者が真に強くなり、正々堂々と私を倒すまで、この茶番は続く。


「だが今度の少年は、少し違っていた」


あの現実主義的な態度。諦めの早さ。しかし同時に、観察眼の鋭さも感じた。もしかすると——


「いや、考えすぎか」


私は玉座に深く腰掛けた。


「また新しい勇者が召喚されるまで待つとしよう」


しかし、私はまだ知らなかった。女神のルールには、もう一つ隠された仕組みがあることを。そして今度の勇者ユウトが、これまでとは全く違う方法でこの世界を変えようとしていることを。


---


## 3分23秒の観察記録


水晶玉の映像が消えてから、私は魔導書を取り出した。


『第1847代勇者 ユウト 観察記録』


ペンを走らせる。これまでの勇者たちの記録と同じように。


**召喚時の反応:** 拒否的。内心では完全に役割を受け入れていない。

**スキル選択:** 火花。消去法による選択と推測。

**戦闘時間:** 3分23秒。

**死因:** キングスライムの体当たりによる全身打撲。

**特記事項:** ——


ペンが止まった。


特記事項に何を書けばいいのか分からない。ユウトには、これまでの勇者にはない「何か」があった。それが何なのかは分からないが。


「魔王様」


部下が声をかけてきた。


「ああ、何だ?」


「キングスライムからの報告です。今度の勇者、死ぬ直前に何か呟いていたようで」


「何と?」


「『帰りたい』だったそうです」


私は苦笑した。


「正直でよろしい。大抵の勇者は最後まで『世界を救う』だの『みんなのために』だの言うものだが」


しかし、その時だった。


突然、城全体が微かに震えた。魔力の波動だ。しかし、これは——


「女神の力?」


私は立ち上がった。女神が直接干渉することは滅多にない。何かが起きている。


水晶玉に魔力を込めると、映像が戻った。しかし映っているのは、ユウトが死んだ森ではない。召喚の間だ。


「まさか……」


画面には、再び目を覚ましたユウトが映っている。


「おお、目覚めましたね!選ばれし勇者よ!」


同じ台詞を言う賢者。しかしユウトの反応が違う。明らかに困惑している。


「これは……時間遡行?」


私は驚愕した。時間遡行の魔法は最高位の魔法だ。私でさえ使えない。それを女神が——


「なるほど、そういうことか」


私は理解した。女神は今度の勇者に特別なルールを適用したのだ。死んでも時間が巻き戻る。記憶を保持したまま。


「無限の試行錯誤か。ずるいな」


しかし同時に、私の心は躍った。これまでの勇者とは違う。本当に違う挑戦者がやってきたのだ。


今度のスキル選択は微妙に変わっている。ユウトは「小癒し」を選んだ。


「学習している」


彼は前回の失敗を覚えている。そして戦略を変えている。


再び森でのスライム戦。今度は「小癒し」を使うが、やはり攻撃力不足で死亡。


「4分12秒。少し延びたな」


しかし重要なのは時間ではない。ユウトが確実に学習し、成長していることだ。


『また、会いましたね』


死ぬ直前、女神の声がユウトに語りかけた。私には聞こえないが、唇の動きでわかる。


「女神よ、君は一体何を企んでいる?」


私は天井を見上げた。


「まあいい。久しぶりに面白い勇者が現れた。今度こそ、私を倒してくれるかもしれん」


私は魔導書に追記した。


**特記事項:** 時間遡行能力付与。記憶保持。真の挑戦者と認定。


そして最後に一行加えた。


**期待度:** 最高


---


## 彼は必ず戻ってくる


三度目の召喚が始まった。


私は今度は最初から水晶玉を見ている。ユウトの行動パターンを分析するためだ。


「おお、目覚めましたね!選ばれし勇者よ!」


賢者の台詞に対するユウトの反応は、今度は明らかに演技だった。内心では「またか」と呟いているのが分かる。


「君は急速に慣れているな」


スキル選択で彼が何を選ぶか、私は興味深く見守った。


今度の選択肢:

1. 火花(また出現)

2. 風刃(小さな風の刃を飛ばす)

3. 頑丈(物理耐性アップ)


「おお、今度は実用的だ」


ユウトは「頑丈」を選択した。明らかにキングスライム対策だ。


「賢い。しかし——」


それでも彼は死んだ。「頑丈」で少し持ちこたえたが、レベル差は如何ともしがたい。


「7分31秒。着実に延びている」


私は記録を更新した。そして気づく。


「彼は必ず戻ってくる」


これまでの勇者たちとは決定的に違う点がそれだ。普通の勇者は死んだら終わり。しかしユウトは無限に挑戦できる。


「つまり、いずれは必ず私のところまで来る」


その事実に、私は久しぶりに心が躍るのを感じた。


四度目、五度目、六度目——


ユウトは様々なスキルを試している。「魔法矢」「石投げ」「動物会話」。時には意図的に変なスキルを選んで実験もしている。


「動物会話でスライムと交渉しようとするとは……面白い発想だ」


当然失敗したが、彼の柔軟な思考力は評価できる。


そして十度目。


ユウトは「魔物知識」を選んだ。


「ほう」


魔物知識があれば、キングスライムの弱点がわかる。そして——


「背中の核を狙えばいいのか!」


ユウトが叫んだ瞬間、私は身を乗り出した。彼は遂に攻略法を見つけたのだ。


兵士と連携し、陽動しながら背後に回る。そして「火花」で核を攻撃。


キングスライムが倒れた。


「やったか!」


私は思わず声を上げた。まるで自分のことのように嬉しい。


「魔王様?」


部下が怪訝な顔をしている。


「ああ、いや……」


我に返った私は咳払いをした。


「勇者が一段階クリアしただけだ。まだまだ先は長い」


しかし内心では期待していた。このペースなら、いずれ彼は本当に私のところまで来るかもしれない。


そして、その時こそ——


「私も本気で戦えるというものだ」


私は久しぶりに笑った。心からの笑顔を。


水晶玉の中で、ユウトが安堵の表情を浮かべている。しかし彼はまだ知らない。これが始まりに過ぎないことを。


「頑張れ、勇者ユウト。君なら、きっと——」


私は密かにエールを送った。倒されることを願う奇妙な魔王として。

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