第8話「ストップ安とカレーまん」
【冒頭:誠の部屋・夜】
誠、机の前で“やすらぎファンド Ver.2”の資料をにらんでいる。 チャート、IR、ニュース、リスク指標——調べれば調べるほど、分からなくなってくる。
(本当に、これでいいのか……?)
ふと、スマホに通知。 『やすらぎファンド:保有銘柄A社、急落』
誠:「……うそだろ」
ニュース速報を見ると、画面には“社長に脱税疑惑”の文字。
(推奨した銘柄だ……俺が……)
***
【翌朝:やすらぎ荘・ロビー】
新聞を手にしたトミが叫ぶ。 「ちょっと!この会社、ストップ安だってよ!」
山根:「オレのやつじゃないか!」
中西:「ニュース見ろ、社長の脱税疑惑だと……」
誠:「すみません、僕が推奨した銘柄でした……」
沈黙。
やすらぎ荘の空気が、急に冷たくなる。
小倉が新聞を畳み、そっと椅子を引く。
中西:「ワシら、これでどれくらい損した?」
誠:「……保有金額の、だいたい一割程度です」
山根:「一割か……意外と、少ないな」
トミ:「“意外と”で済むのは、今だけだよ。投資ってのは、連鎖する」
沈黙ふたたび。
***
【食堂:昼】
全員がカレーまんを手に黙々と食べている。 空気はまだ重いが、どこか落ち着き始めていた。
名倉:「熱いうちに食えよ、冷めると中の味がわかんねぇぞ」
誠:「……僕のせいです。調べたのに、甘かった」
名倉:「株の世界じゃな、“分かってたつもり”が一番危ねぇ」
誠:「失敗しました……自分を過信してました」
名倉:「でもな、“失敗できた”ってのは、やってた証拠だ。何もしなきゃ、反省もできねぇ」
トミ:「あんたが決めたんじゃない。私たちが“自分で選んで信じた”んだよ」
小倉:「損したのは痛いです。でも……もう一回、やり直すなら、違う目で見れそうです」
山根:「カレーまんの皮みたいに、剥がれたら中身が見えた気がしたわ」
中西:「皮が厚いヤツもいるがな」
一同、ふっと笑う。
誠、視界が少しにじんだ。
「……ありがとうございます。ほんとに……」
涙がひとすじ、頬を流れた。
***
【やすらぎ荘・廊下】
春香が誠を見つけて声をかける。
春香:「……みんな、まだ信じてましたよ。佐藤さんのこと」
誠:「自分のせいで損をさせたのに、笑ってくれて……なんか、逆に苦しいです」
春香:「それだけ、ちゃんと向き合ってたってことですよ」
誠:「……でも、次こそは、期待に応えたいです」
春香:「応えるんじゃなくて、寄り添えばいいんですよ」
***
【ラスト:やすらぎ荘・庭】
夕方。誠が空を見上げると、山根が隣に立つ。
山根:「なあサトちゃん。おれたち、“損”って初めて経験したよな」
誠:「……はい」
山根:「なのに、なんか前より前向きなんだよ。不思議だな」
誠:「“失う”って、何かを“つかむ”ことと、セットなのかもしれません」
山根:「おー、名倉っぽいこと言うようになってきたじゃねえか」
誠:「カレー、染みついてきたのかもしれません」
──次回へ続く。