第2話「口座開設、じいさん走る」
【冒頭:しらぎく信用金庫・朝/誠の出発前】
誠が出勤し、支店で出発準備をしていると、堀内支店長がコーヒーをすすりながら近づいてくる。
「今日は例の福祉施設か。相変わらず、暇そうでいいよな佐藤くん」
誠は無言でカバンを持ち直す。
「ま、どうせ自己満足のボランティアだ。うちの数字にはなんのプラスにもならんけどな」
誠、軽く頭を下げて背を向ける。
「トラブルだけは起こすなよー、老人相手に何かあればうちは真っ先に謝る羽目になるんだからなー」
その言葉を背に受けながら、誠は小さくため息をついて施設に向かう。
***
【やすらぎ荘・玄関前】
誠が施設の門をくぐると、タイミングを見計らったように扉が開く。
「おはようございますっ!」
春香が両手いっぱいの笑顔で現れる。その眩しさに、誠は一瞬目を細めた。
「お、おはようございます……今日も、陽だまり感すごいですね……」
「えっ?陽だまり?なんですかそれ、褒め言葉ですか?」
「……褒め言葉です。たぶん」
春香はクスクス笑いながら、ロビーへと誠を案内する。
***
【やすらぎ荘・ロビー】
テレビからは朝のワイドショー。株価のテロップが流れ、MCが「新NISA、活況です!」と笑顔で言う。
その横で新聞を読みながら田中トミがポツリ。 「活況ねぇ……ほんとに“カツキョウ”かどうかは財布次第だよ」
山根がガラケーで何かをポチポチ。 「トミ姐さん、ワシ、証券口座作ってみようと思ってよ」
中西がすかさずツッコミを入れる。 「そのガラケーじゃ、口座開設は無理だな」
そこに春香が現れ、誠も一緒に入ってくる。
「今日は、口座開設をやってみましょう!」と春香。
誠はやや緊張しながらも、「スマホがある人、手を挙げてください」と呼びかける。
(誰も挙げない)
沈黙。
名倉がふらっと食堂から顔を出す。 「Wi-Fi、今日だけ強めにしといたよ。人生の回線も、時には繋がるもんだ」
誠:「ありがとうございます……?」
***
【中盤:スマホ&口座開設騒動】
・スマホを持ってるがIDやパスワードがわからない中西。 ・顔認証がまったく機能しない山根。 ・小倉が無言で操作を進め、実は一番早く完了する。 ・田中トミは「まず、その“メールアドレス”ってのがもう気に入らない」とゴネる。
そんな中、春香と誠が一人ひとりに対応。
中西:「この“セキュリティコード”って何だね?」 誠:「カード裏面の数字です」 中西:「裏?見たことない」
春香:「山根さん、お顔をもう少し正面に……はい、はい……あっ、動かないで!」
名倉、カレーを配膳しながら言う。 「顔がぶれる人生ってのも、味があるんだけどね。 人間も株もな、煮込みすぎると崩れる。だから火は、ちょっと弱めでいいんだよ、最初は。」
トミがぽつりと口を開く。 「昭和の頃さ、うちの店に“株で儲けた男”ってのが来たのよ。札束見せられたとき、正直ちょっと惚れたねぇ……。ま、最後は全部溶かして逃げたけどね」
「それ、恋じゃなくて詐欺未遂じゃ……」と中西がぼそっと突っ込む。
***
【後半:開設完了→さっそく“銘柄選び”へ】
数人の口座開設が完了し、誠がノートPCを広げておすすめ銘柄を紹介。
「初心者向けとしては、ETF、つまり上場投資信託なんですが……」
山根:「なあサトちゃん、それ買ってすぐ儲かるの?」
「いや、投資は時間をかけて──」
「儲かんねぇのか、やめた!」
「ちょ、ちょっと待ってください!儲かります!……たぶん!」
全員が笑う。
***
【やすらぎ荘・廊下】
誠が帰り支度をしていると、小倉がそっと声をかける。
「佐藤さん、あのETFって……利回りは、年どのくらいですか?」
「年……3%くらいが現実的です。地味ですが、安定はしています」
「……いいですね。地味で安定。私、そういうの、けっこう好きです」
小倉の言葉に、誠は少しだけ背筋を伸ばして頭を下げた。
そのやりとりを遠くから見ていた春香が、ぽつりと声をかける。
「佐藤さん、こういうの、向いてると思いますよ」
「え、なにがですか?」
「人の話、ちゃんと聞くところです」
誠は照れたように笑い、春香はそれを見て微笑んだ。
***
【誠・帰宅後/自室】
小さなアパートの一室。誠がシャツを脱ぎながらテレビをつける。
ニュース番組が、老人の資産運用の増加について特集している。
画面の中のキャスターが言う。「超高齢社会、いま“お年寄り投資家”が増えているんです」
誠はリモコンを置き、ふと窓の外を見る。
カレーの香りはもうしない。けれど、あの笑い声が頭から離れない。
(……あの人たち、本気なんだな)
口元にわずかな笑みが浮かぶ。
***
【しらぎく信用金庫・支店内/夕方】
支店内、堀内支店長がデスクで電話中。
「ええ、はい。あの件、うちの行員が動いてます。万一のことがあれば即報告しますので……はい、はい。では」
電話を切った堀内は、机の上の“福祉施設活動報告”というファイルを睨みながらつぶやく。
「……調子に乗るなよ、佐藤」
***
【小倉・夜の私室】
小倉の部屋、スタンドライトの下でタブレットを見つめている。 画面にはETFのチャートと経済ニュース。静かにうなずき、そっと画面を閉じる。
「……明日も波が来るかしらね」
──次回へ続く。