第八話:険しくも楽しい道
夕食を食べ終えた後、ベッドを半分こすることにした私とメリルは、2階の寝室へ行き、寝巻きに着替えた。
彼女は大きなリュックに詰めていた荷物をルンルンと整理しながら、「お泊まりって初めてでワクワクするね〜!」と言った。
私はベッドの上に座った状態で、「そうだね。」と微笑みながら言ったが、実際はまだ悩んでいた。このまま計画を進めて、後悔しないだろうか。私も、メリルも。もし私が、彼女の自由を勝ち取ることができなかったら…
「明日は一緒に学校に行けるんだよね?」
「うん。」
「やった〜!楽しみ〜!」
「うん…」
その時、メリルは私の悩ましい表情と声色に気づいたのか、落ち着いた声で、「ガルシャちゃん…もしかして、まだ怖い?」と尋ねた。
「えっ?」
そしてメリルもベッドの上に座り、「大丈夫だよ!一度舞台に立ったことのあるガルシャちゃんなら、きっと収穫祭でも輝けるよ!」と言った。
「それは、そうかもしれないけど…それだけじゃないんだ。」
「ん?」
「メリルは…私なんかと一緒でいいの?私の音楽が収穫祭で受け入れられるかどうかもわからないし、もっと普通の楽団に入った方が—」
「やだよ、そんなの!ガルシャちゃんと一緒じゃなきゃ、意味がないもん!」
「でも…もし観客の心を掴めなかったら、永遠に音楽をやらせてもらえないかもしれないんだよ?」
「そんなこと、絶対あり得ないもん!私とガルシャちゃんなら、なんとかなるよ!」
「なんでそう言い切れるの?たった数回褒められたからって、そんな大舞台で成功できる保証はないじゃない!」
「だって…」
するとメリルは、私をぎゅっと抱きしめ、「こんな風に、私の心に火をつけてくれたのは、ガルシャちゃんだけだから。」と言った。
「メリル…」
「ガルシャちゃんの音は、聞いた人の背中を押してくれる音なんだよ。ヘンデルさんも、あのオークさん達も、そう言ってくれてたでしょ?」
そしてメリルは顔を少し離し、勇気と自信に満ちた笑みを浮かべた。
「私は、ガルシャちゃんと一緒に演奏したいの。ガルシャちゃんのおかげで、音楽をもっと好きになれたから。目標に向かって頑張ろうと思えたから。多分それは、私だけじゃないはずだよ。だから…二人で力を合わせれば、もっとたくさんの人にこの気持ちを分け与えられるよ。音楽は、思いを届ける為にあるもの。」
その言葉を聞いて、私は再びバンドメンバーのことを思い出した。私達は皆、同じ志を持っていた。私達だけの音楽で、世界中の人々に思いを届けること。一人では抱えきれないくらい大きな目標だったが、みんなで力を合わせれば、叶えられるような気がした。仲間と一緒なら、怖くない。きっと、大丈夫。
「と、いうわけで…」とメリルが突然言うと、私は我に返り、「えっ?」と言った。
彼女は先ほどリュックから取り出した何冊かの本を、自分と私の間にドン、と置いた。
「私が収穫祭までにモルフを習得できるように、今日からみっちり勉強するよ!ガルシャちゃんにも手伝ってもらうからね!」
「えっ!?何これ!?また図書館で借りてきたの?」
「うん!一番古いやつを持ってきたの!」
「でも、どうしてそこまでしてモルフを?魔法なんか使わなくたって、ゲテアは十分上手く—」
「やだ!ガルシャちゃんみたいな音が出せるようになりたい!」
「いや、私だってどうやって出してるのかわからないし…」
「だから勉強するの!大昔の本を片っ端から読み漁れば、きっと何かは出てくるはずだよ!」
「そうかな…」
燃えるような眼差しで、早速本を読み始めるメリルを見て、私もしっかりしなければ、と思った。もういい加減、卑屈になるのはやめよう。メリルがここまで熱意を示してくれているのだ。私と共に音楽をやりたいと、心の底から思ってくれている。なら、私もそれに応えたい。
私は覚悟を決め、本を一冊手に取った。そしてそれを開きながら、「メリル……私も、できる限りのことはするから…絶対にモルフを習得して、収穫祭でお父さんをギャフンと言わせちゃおう!」と言った。
メリルは目を丸くした状態で私を見つめた後、嬉しそうに笑いながら、「うん!」と返した。
ーーー
結局、朝までリサーチが続いてしまい、私達はぐったりとした状態でベッドに仰向けになっていた。
私はぼーっと天井を見つめながら、「ダメだ…何も見つからない…」と言った。
頭が私の足元にあったメリルは、「やっぱり、図書館にある本じゃダメなのかな…」と言った。
「ていうか、これより古い本なんて、もう全部消滅しちゃってるんじゃない?」
「そんなぁ…」
その時、突然外から音楽が聞こえてきた。この世界のバグパイプともいえる楽器、ベフテルが奏でる古風な音。
私はメリルと共にガバッと起き上がり、「この音は…!」と言った。
そして私達は笑顔で互いの方を向き、「魔導書売りだ!!」と大きな声で言った。
急いで制服に着替え、階段を下りると、朝食の準備をしていた母が驚いた顔で、「あら!どうしたの、二人とも?まだ時間はたっぷりあるのよ?」と言った。
私は「ちょっと用事!」と言い、メリルと共に靴を履いて外に出た。そして音がする方へ走っていくと、案の定、魔導書がたくさん積まれた荷馬車があった。ベフテルを弾いていたのは、その馬車に乗っていた一人の老爺だった。ボロボロな紺色のローブを纏っていた彼は、目を瞑ったまま、とても穏やかな表情で音楽を奏でていた。
私達は大勢の住民に混じって、荷台に積まれた魔導書を漁り始めた。魔導書売りはいつも国中を回りながら、もう印刷されていない太古の魔導書などを人々に提供している。これは絶好のチャンスだ。この中に、モルフに関する情報が書かれた本があるかもしれない。
すると、メリルは目を丸くして私の制服の袖を引っ張り、「ガルシャちゃん、これ!」と言った。
彼女が見つけたのは、青い表紙の古びた本であり、そこには銀色の文字で、「未知の変換魔法・モルフについて」と書かれていた。
私は瞳に希望の光を灯し、「これだ…!!」と言った。
老爺に硬貨を何枚か渡し、家に帰った後、私達は早速魔導書を調べようと、急いで階段を上った。
母は再び驚いた顔で、「用事はもう済んだの?」と尋ねた。
私は振り返らずに、「うん!多分!」と言い、メリルと共に部屋に戻った。そして机に座り、少しドキドキしながら、新しく手に入れた魔導書を開いてみた。
後ろに立っていたメリルは、期待に満ちた表情で、「なんて書いてあるのかな?」と言った。
私はボロボロなページをめくりながら、手書きの古代文字を一生懸命読んだ。
「モルフは、五感で感じられるものを自在に変化させる特殊な魔法である。」
それは知ってる。
「変化させられるものの種類は人によって異なり、リンゴの色を赤から青に変えることができる者がいれば、鳥の囀りを獅子の雄叫びに変えることができる者もいる。」
違う、違う、そうじゃない。
そして私は「あっ…!」と呟き、「これ!」と言ってとあるページをメリルに見せた。
「モルフの原動力は、術者の心、すなわち感情である。変えたい、変わりたいと強く願えば、魔力はどんどん強くなる。しかし、己の感情をしっかりと理解し、変化させたいものの本質を把握しなければならない。また、術者としての技術もある程度高める必要がある。」
メリルは深く考えるかのような表情で、「感情、か…」と言った。
私も「う〜ん…」と言いながら、頭の中で情報を整理した。つまり、私が突然モルフを使えるようになったのは、私のデスメタへの情熱が強かったからなのか?あの頃のような音を奏でたいと、心の奥で願っていたから?
「ガルシャちゃんみたいになりたい、っていう思いは十分強いし、自信がないわけじゃないから…やっぱり魔力の問題かな?」
「どうだろう…魔法学の成績は、メリルの方が上のはずだけど…」
「あと、変化させたいものの本質を把握する、っていうのもちょっと気になるよね。」
「変化させたいもの…つまり、音の本質?」
その直後、メリルは突然、「あ!わかった!」と言い、「ねえ、ガルシャちゃん。ちょっとゲテア貸してくれる?」と私に尋ねた。
「えっ?いいけど…」
私がそう言って1階に戻り、ゲテアを持ってくると、メリルはフフン、と笑いながら、それをケースから取り出した。一体どうするつもりなのだろう…
すると、メリルはゲテアを撫でながら、「よ〜しよしよし…ゲテアさ〜ん、かわいいですね〜…いい音出てますね〜」と言った。
私は思わずズコッ、とバランスを崩し、「いや…動物じゃあるまいし、かわいがったって何も出てこないから!」と言った。
「そう?本質を理解する為には、まず仲良くなる必要があるのかな〜、と思ったんだけど…」
「だからペットじゃないって!」
「それに、もっと愛着が湧けば、上手く弾けるようになるかもしれないし。」
「それは…否定はしないけど…」
その時、下から「ガルシャ〜!メリルちゃ〜ん!朝ご飯できたわよ〜!」という声が聞こえたため、私達は同時に「は〜い!」と言って階段を下りた。
一番下の段に辿り着くと、メリルは再び閃いたような顔で、「あ!いいこと思いついた!」と言った。
「今度は何!?」
「放課後に音楽室を使わせてもらえないか、ムジカ先生に聞いてみようよ!そしたら、自由に練習できるんじゃない?」
私は笑みを浮かべ、「いいね、それ!そうしよう!昔、うちの学校に通ってた有名な音楽家も、あの音楽室でコツコツ練習してたらしいし!」と言った。
「よ〜し!収穫祭に向けて頑張るぞ〜!」
そして私達は拳を突き上げ、同時に「お〜!」と言った。
「こら、二人とも!早く食べないと遅刻しちゃうわよ!」
母の言葉にビクッとした私達は、「は〜い!」と言い、慌てて食卓に着いた。
モルフを習得する為のコツは、まだはっきりとはわからなかったが、一応、希望が見えてきたような気がする。大丈夫。私とメリルならできる。絶対に二人で、新しいデスメタルバンドを始めるんだ。