第六話:良し悪しは人それぞれ
「何を考えてるの、あなたは!!」
私は現在、ゲテアケースを献上するかのように自分の前に置いており、家の玄関で正座していた。そんな私を見下ろしていたのは、激怒している母と、難しい顔をしている父。見ての通り、最悪な状況だ。
私が俯いたまま、「…ごめんなさい。」と言うと、母は大きな声で、「ごめんで済むなら自警団はいらないでしょ!全く…酒場で連行されたって聞いた時、びっくりしすぎて心臓が止まっちゃうかと思ったわ!」と言った。
どうやら、あのバンダナのオークはボアーズタスクのオーナーであり、ここ数年、自警団が追っていたスリの常習犯らしい。彼は今まで、欺きの術を使って店自体を隠していたが、私の爆音のおかげで、自警団はようやくそこに辿り着き、術を見抜くことができたらしい。そのことを考慮し、彼らは私のいくつかの違法行為を免除してくれた。幸い、メリルも私とほぼ同じタイミングで解放された。ちなみに、ボス達を含め、他のオーク達は誰もオーナーの犯行を知らなかったらしく、実際にスリの被害に遭ったという者もいる。
「しかも、あんなにたくさんのオークの前でモルフを使うなんて…あなた、自分が何をしたかわかってるの?噂が広まって、おかしい輩に目をつけられたらどうするの!」
私は拳を握りしめ、「…みんな、気に入ってくれてたよ。」と呟いた。
「口答えしない!」と母は言ったが、私はそれに対し、大きめの声で、「一回くらいいいじゃん!」と言った。
「私、今まで口答えなんてしたことないよ。母さんが私のこと心配してくれてるのはわかるし、感謝してるから。でも…!」
私は涙を堪えながら、母に真剣な眼差しを向けた。昔から、本音を言おうとすると涙が出そうになる。できれば、こんなに優しい親に反抗なんてしたくない。だが、今回ばかりは引き下がれない。諦めては、ダメな気がするんだ。
「私は…自分の音を奏でたい!ただ音楽をやるんじゃなくて、私だけの音で輝いてみたい!もちろん、周りの人に笑われたり、不審がられたりするのは怖いけど…それでも、私の音を望んでくれる人が一人でもいるなら、その気持ちに応えたい!もう…後悔なんてしたくない…!」
切実な声色でそう言いながら、私はまた前世のことを思い出していた。そう…あの頃は、後悔しかなかった。バンドメンバーや恋人が離れていったのも、結局は自分のせいで、一度失ってしまったものは、二度と戻らない。それに気づくのが遅すぎて、私は何も成し遂げられず、誰とも絆を結べないまま、息絶えてしまった。もう、そんなことを繰り返したくはない。せっかく新しい世界に生まれ変わったんだ。今度こそ、ちゃんと生きたい。
母が「ガルシャ…」と呟き、悩ましい表情で私を見つめていると、父がしゃがんで私と目線を合わせ、いつもの優しげな声で話し始めた。
「なあ、ガルシャ…お前、昔からゲテアを弾くのが大好きだったよな。いつも楽しそうに演奏してて、周りから音楽バカって言われるくらい、一生懸命打ち込んでた。でも、同時に苦しそうに見えた。モルフを使って、自由に音を奏でたいのに、ずっと必死で我慢してきた。そうだろ?」
「父さん…」
そして父は、私の肩に手を置き、微笑みながら、「父さんも母さんも、ガルシャが幸せなのが一番だ。だから、お前が本当にやりたいと思ったことをやりなさい。悔いのないように。それで、もし悪い結果になったら、その時は父さん達が何とかしてやるから。な?」と言った。
私は目を丸くしたまま、別の意味で泣きそうになっていた。ああ、本当に…私なんかにはもったいないくらい、優しい人達だな。前世で特にいいことをしたわけでもないのに、どうしてこんなに温かい人達を親に持つことを許されたのだろう。
すると、母はため息をつき、落ち着いた声で、「参ったわね…そこまで言われたら、私にはもうどうすることもできないわ。」と言った。
「母さん…」
「その代わり、昨日みたいなことは二度としないで。何かあったら、必ず私達を頼ること。わかった?」
私は躑躅色の瞳に輝きを灯し、笑みを浮かべながら、「うん…!ありがとう…!」と二人に言った。
ーーー
次の朝、私は再び寝坊をしてしまい、なんとか間に合わせようとドタバタしていた。だって、昨日はあまりにも気分が良かったから。両親に認められて、ものすごく満たされた気持ちのまま眠りに落ちたから。
私は「ヤバいヤバいヤバい!!」と言いながら急いで階段を降り、席について朝ご飯を食べ始めた。
母が食器を洗いながら、「遅いわよ!昨日、丸一日休んだのに、今日も遅刻したらダメでしょ!」と言うと、私は口いっぱいにトーストを頬張ったまま、「ごめんって!」と言った。昨日の朝に解放され、そのまま学校に行くのは無理そうだったため、一日休むことにしたのだ。このまま遅刻してしまったら、後で絶対母に説教される。なぜなら彼女は、とにかく出席だけはしておいた方がいいと思っている人間だから。
すると、また向かいの席で読書をしていた父が、「お、そうだ。ガルシャ。」と言った。
「ん?」
「今日からこれを持っていけ。」
父はそう言って、ポケットから何かを取り出し、私に差し出した。それは、キラキラと輝く、美しい青色の石だった。紐に繋がれており、ペンダントになっているようだった。
私がそれを受け取り、「何これ?」と尋ねると、父は、「『群青の火種』だ。爆ぜるように命じれば、その声に応じて強い光を放つ。もし変な奴に絡まれたら、それを使って逃げるんだ。いいな?」と言った。
私はムスッとした表情でペンダントを付けながら、「余計なお世話だよ。ありがたいけど…」と言った。
その直後、母が壁の時計を見て、「あと10分で授業始まっちゃうわよ!」と言ったため、私は目を丸くし、「嘘!?も〜、父さんのバカ!」と言って立ち上がった。
父はニシシと笑いながら、「悪い悪い。」と言った。
私は速やかに靴を履き、鞄を肩にかけた後、クローゼットからゲテアケースを取り出して、「行ってきます!!」と言った。
「行ってらっしゃい!」
そう言った両親の声が、私の背中を押してくれるようだったため、私は焦りながらも、笑みを浮かべて外に出た。なんとなく、今日はいい一日になるような気がしたのだ。
それはそうと、まずは授業に間に合わなくては。
私は歩幅を広げ、ゲテアケースの重さに負けず、風に乗るかのように全力で町を走り抜けた。パン屋の前に看板を立てていたヘンデルさんが、途中で「おはよう、ガルシャ!」と言ってきたが、私は足を止めずに、「おはようございます!」と早口で返しながら店を通り過ぎた。あの坂を登ればゴールだ。あと少し…耐えるんだ、ガルシャ…!
開始5分前の鐘が鳴ると同時に、私は校舎に入り、廊下を走るなと誰かに注意されないよう、早歩きで教室へ向かった。そして扉を開けると、先生がすでに教壇の前に立っていた。
「遅いぞ、ガルシャ!とっとと席につけ!」と彼が言うと、私は「はい!」と言って階段を上った。
ようやく椅子に座ることができた私は、腕を上に伸ばしながら、「間に合った〜…」と心の中で呟いた。しかし、横を向いてみると、メリルがいないことに気づいた。普通ならとっくに席についている頃だが……珍しく遅刻か?一昨日の夜、私に付き合ったせいで、課題が溜まっているのだろうか。まあ、彼女が欠席するなんてあり得ないし、そのうち来るだろう。
ーーー
だがその後も、メリルは一向に現れず、結局最後まで学校に来なかった。
夕焼け空の下、一人でトボトボと下校していた私は、ひどく悩まされていた。あのメリルが欠席するなんて…よっぽどの理由があるに違いない。病気か?オークだらけの酒場で、何かしらの病にかかったのか?もしかして、父親に叱られて、外出を禁止されたとか?私のせいで…?
そんなことを深く考えながら歩いていると、とある張り紙が目に入った。「収穫祭」と大きく書かれた、色とりどりの張り紙だ。ミューゼでは毎年、作物の収穫を祝う為の祭りを行っており、いつも様々な楽団が参加している。私も出てみたいな。できれば、メリルと一緒に。彼女と二人でゲテアを弾けたら、より一層美しい音を奏でられるはずだ。
そして私は思いついた。彼女と一緒に、楽団を作るのはどうだろう。ここの音楽界に革命を起こす、新しいデスメタルバンドを。
その時、私は誰かの肩にドンッ、とぶつかってしまい、慌てて「あっ…!すみません!!」と言って先を急いだ。
しかし、その人物は立ち止まったまま、鋭く、唸るような声で、「お前がガルシャだな?」と言った。
私は驚いて足を止め、バッと振り返った。袖なしの黒い服の上に茶色いマントを羽織っており、フードを深く被っていたその男は、とても背が高く、まるで私を威嚇しているようだった。顔は見えなくても、圧力が十分に伝わってくる。彼の視線が、周りの空気が、刺すように痛い。
「今後一切、うちの娘に関わるな。」と彼は言った。
「娘…?」
そして私は気づいた。彼が手に持っているゲテアケース。あれは…あの番号は…メリルの…
「あなたは、もしかして—」
すると、男が大きな声で、「帰れ!!」と言ったため、私はビクッとして固まった。
「…俺にも、俺の娘にも、近寄るんじゃない。さもないと…痛い目を見るぞ。」
私は恐怖により、ごくりと唾を飲みながら、ズンズンと歩き去っていく男の背中を見つめた。彼はおそらく、メリルの父親だ。あんなに恐ろしい人だったのか。メリルが彼に怯えるのは無理もない。赤の他人である私ですら、彼に威圧された瞬間、言葉が出なくなったのだから。それにしても、なぜメリルのゲテアを持っていたのだろう。どこかに捨てる気なのか?いや…歩いていった方向を考えると、学校に返却しようとしているのかも。なら、しばらく家には戻らないはずだ。
私は拳を握りしめて振り返り、彼と反対の方向へ歩き出した。メリルのことが心配だ。さすがに暴力を振るうような親ではないと思うが、一応、彼女の安全を確認しなければ。彼女が私のせいで泣いているのなら、苦しんでいるのなら、私が駆けつけなくては。彼女が私の心を救ってくれたように、私も、彼女が辛い時は、力になってあげたい。