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第五話:夜の獣

 扉の向こうには、酒の匂いが漂う騒々しい空間があった。たくさんのオーク達が木樽ジョッキに入ったエールを飲みながら、肩を組んで笑っていた。そして、店の奥にあった小さな舞台の上で、何人かの演奏者が古典的な音楽を奏でていた。


 メリルが私の腕にしがみつき、「なんか…すごい所だね…」と言うと、私もごくりと唾を飲みながら、「うん…」と答えた。私はメリルと違って、爆音には慣れていたが、人混みと酒の匂いは昔から苦手だった。


 するとその時、「何だオメェら?」という荒々しい声が聞こえた。メリルと同時に振り向くと、袖なしの服を着た双子のオークがこちらへ近づいてきていた。二人とも細身だがそれなりに筋肉がついており、片方は右目に、もう片方は左目に切り傷があった。


 右目に傷のあるオークが眉間にしわを寄せ、「ここは小娘が来る所じゃねえぞ。」と言うと、左目に傷のあるオークがニヤニヤと笑いながら、「子供はもう寝る時間だぜぇ?」と言った。


 私は勇気を振り絞り、「わ…私達、ボスって人に招待されて来たんです。演奏会に参加させてください。」と言った。


 双子は同時に「ボスに!?」と言い、互いの方を向いてヒソヒソと話し始めた。


「本当なのか?」


「でも、確かに楽器は持ってるぜ。」


「ボスが招待したんなら…」


「仕方ねえよな…」


 そして彼らは再び私達の方を向き、右目に傷のあるオークが「こっちだ。」と言った。


 私達はホッと息をつき、双子の後を追って舞台裏へと向かった。


 メリルは安心した表情で、「よかったね、ガルシャちゃん!」と小声で言った。


「うん…でも大丈夫かな…」


「大丈夫、大丈夫!なんとかなるって!」


 開かれていたカーテンの影に隠れ、演奏者達を横から見つめていると、右目に傷のあるオークが「いいか?曲が終わってあいつらが退場したら、お前の出番だ。」と言い、左目に傷のあるオークが「しくじんなよ?ボスの顔に泥を塗りたくなかったらな。」と忠告した。


 私はゲテアケースの紐を握りしめながら、「わ…わかりました…」と答えた。


 双子がタイミングを見計らっている間、私は何度も深呼吸しながら、バクバクと鼓動する心臓を必死で落ち着かせた。


 メリルが心配そうな表情で、「ガルシャちゃん、緊張してる?」と尋ねてきた。


「そりゃするよ…」


 だって、転生して初めての舞台が、オークだらけの酒場になるなんて、思ってもみなかったから。もし、彼らを楽しませる演奏ができず、ボスに恥をかかせてしまったら…


 袋叩き確定じゃん!!


 一気に怖くなり、冷や汗をかいて固まっていると、メリルが私の肩に手を置き、「ガルシャちゃんならできるよ。私が保証する。ガルシャちゃんの音には、人の心を動かす力があるんだから。」と言った。


 その力強い眼差しと熱い言葉に、私は勇気づけられた。胸に火が灯り、心の氷が一瞬で溶けたような気がした。そうだ…私の音を好きだと言ってくれる人が、この世界にもいるんだ。ここで諦めちゃダメだ。もう一度、輝いてみせる。


 すると、曲がようやく終わり、演奏者達は拍手喝采を浴びながら、お辞儀をして退場した。そして次に上がってきたのは、赤いバンダナをしていた陽気なオークだった。


 彼はミグモという、レトロなマイクに似た機械に向かって、「いや〜、圧巻でしたね!さすがギミッツ楽団!みなさん、彼らにもう一度盛大な拍手を!」と言った。


 オーク達がヒュー、と口笛を吹きながら、その大きな手を叩いた後、バンダナのオークは、「演奏会はまだまだ続きます!」と言ってこちらを向き、目で双子のオークに合図をした。


 右目に傷のあるオークが私に「おい!準備しろ!」と指示すると、私は「あっ…はい!」と言い、急いでゲテアをケースから取り出した。


「お次はこの方です!!」


 バンダナのオークはそう言って退場し、店は期待の沈黙に包まれた。私の出番だ。落ち着け…大丈夫だ。私ならできる。いや…できなくてもいい。とにかくやるんだ。


 メリルが後ろで「ガルシャちゃん!頑張って!」と言うと、私は「うん…!」と答え、深呼吸をしてから歩き出した。そして舞台裏から姿を現した直後、オーク達が一斉にヒソヒソと話し始めた。


「見ねえ顔だな…」


「ガキじゃねえか。」


「誰が連れてきたんだ?」


 そんな中、後ろの方のテーブルに座っていたボスが、「おっ!嬢ちゃんじゃねえか!やっぱり来てくれたか!」と嬉しそうに言った。


 別のテーブルに座っていたオークが「えっ!?あんたが招待したのか?」と言うと、ボスはニヤリと笑いながら、「おうとも!見てな……ぶっ飛ぶぜ!」と言った。


 私は鉛のように重たい足でゆっくりと舞台の中心へ向かい、ミグモの前に立って再び深呼吸をした。


「こ…こんばんは。ガルシャです。17歳です。ふ、不束者ですが…よろしくお願いします。」


 緊張しながら自己紹介し、軽くお辞儀をした後、私は「それでは、聞いてください…『ナイアガラ針千本』。」と言い、足を少し広げて、クタをぎゅっと握りしめた。


 どうしよう。まだ手が震えてる。頭も真っ白だ。こんな状態で、ちゃんと演奏ができるのだろうか…


 その時、舞台裏で一生懸命両手を振っているメリルの姿が目に入った。彼女は口パクだけで「がんば〜!」と言い、満面の笑みを浮かべた。


 その太陽のような笑顔に背中を押された私は、もう一度前を向き、クタを振り上げた。そして鳴り響いたイントロのリフは、オーク達を一瞬で黙らせ、釘付けにした。彼らは全員目を丸くし、ハトが豆鉄砲を食らったかのような表情で私を見ていた。そうだ…もっと見ろ。これが私の…新しい輝きだ!


 リフはさらに強烈になり、曲名の通り、まるで針の滝のようだった。一音一音が、空間を激しく揺らし、猛獣のように観客に襲いかかった。そう、これは、私の魂。私の怒り、反抗心、そして願いだ。私はこの音で、夜を支配する。今、この時間は、私だけのものだ。


 そしてイントロが終わり、デスボの嵐が始まった。鋼の豪雨のような威力と鋭さで観客に降りかかる、低く重たい唸り声の連鎖。


「雨は降るが、風は吹くが、ドンマイ!!


 たかがそれで引き下がるのは蒙昧!!


 息を殺す弱者の道は暗ァァァァァい!!


 鳥が飛べど、サケ泳げど、難解!!


 人智超えたフェノメノンは崩壊!!


 頭固ぇ茶番はもう限かァァァァァい!!」


 次のパートはクリーンボイスだ。まだ歌い慣れていない喉であるため、前世より声のハスキーさが少し足りない気がするが、まあいいだろう。私の心が伝われば、それだけで十分だ。


「永久に降りかかる針の雨


 体も心もズタボロで


 鮮血の渦ができようとも


 歩き出せ 光の方へ


 奴らの罵声に押し潰されるな


 逆にこっちが降らしてやろうぜェェェェェ!!」


 気持ちが昂っていたため、最後の部分だけデスボになってしまった。このままラストスパートに突入だ。私は大きく息を吸い、再び精一杯のデスボを解き放った。


「反逆者よ集え!!


 鳴らせ、闘気の声!!


 超!!常!!現!!象!!


 ファァァァァァァイッッッ!!」


 ジャー、ジャン、と曲が終わると、私はゼーゼーと呼吸しながら、しばらく同じ姿勢で固まっていた。汗をダラダラとかいており、まるで心臓がボイラーであるかのように体中が熱くなっていた。周りは完全に静かだ。観客の息の音すら聞こえない。爆音のせいだろうか。それとも彼らが引いているのだろうか。やはり、デスメタを世に出すのはまだ早かったのだろうか。


 すると、後ろの方で何人かが拍手をした。顔を上げてみると、それはボスとその仲間達だった。そして徐々に拍手の波は店全体に広がり、やがて全てのオークが歓声を上げた。キラキラと輝く瞳で私を見つめており、私の音を全力で讃えてくれていたのだ。私はその光景が信じられず、目を大きく開いたまま呆然としていた。これは…夢なのか?夢なら覚めないでほしい。なぜなら、私は今、ようやく自分の存在を認められたような気がして、最高に嬉しい気持ちになっているから。


 横を向いてみると、双子のオークと共に、メリルも全力で拍手していた。それを見てやっと我に返った私は、徐々に笑みを浮かべ、あらゆる感情でいっぱいになっていた胸に、クタを握っていた手を当てた。どうしよう…幸せすぎる。涙が出そうだ。そうか…私はずっと、この瞬間を待っていたのか。ずっとずっと、焦がれていたのか。


 しかしその時、突然ドアがバン、と開かれ、私の感動は途切れた。驚いた顔で拍手をやめたオーク達と同時に、入り口の方を向いてみると、軍服のようなコバルトブルーの制服を着た集団が店に入ってきていた。


 先頭にいた男が、帽子のつばの影に隠れた目で周りを見渡しながら、「自警団だ!全員動くな!」と言った。


 すると、彼の隣にいた男が誰かを指差し、「いたぞ!あいつだ!」と言った。その視線の先にいたのは、あのバンダナのオークだった。彼は「ヒィッ…!」という声を上げ、冷や汗をかきながら、急いで店の奥へ逃げていった。


 先頭の男が「捕まえろ!!」と言うと、全員が一斉に突入し、オーク達の間を通って奥の方へ向かおうとした。何人かのオークは一目散に逃げ始めたが、それ以外は迫り来る自警団に向かって拳を振り下ろした。ボス達は後者であり、「どけ!邪魔すんじゃねえ!」などと言いながら、団員達に殴りかかっていた。


 私は舞台の上からそんなカオスな光景を見つめ、混乱していた。一体何がどうなっているんだ?なぜ自警団がここに?あのバンダナのオークは指名手配犯か何かか?


 そうやってぐるぐると頭を回していると、自警団の一人に腕を掴まれた。


「君、未成年だろう?あの爆音は君の仕業だな?」と彼が言うと、私は戸惑いにより、「えっ…え…」という声を発することしかできなかった。


 メリルが「ガルシャちゃん!」と言って駆けつけようとしたが、もう一人の自警団員に止められた。


「ちょっと一緒に来てもらおうか。」


 そう言われた私は、自分が置かれた状況が信じられず、「えぇ〜〜〜!?」と大声で言った。


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