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第二十三話:一難去ってまた一難

 ミューゼの中心の広場にある、ラッパを吹く天使の形をした噴水。今日はその周りに、いつも以上の人だかりができていた。なぜかというと——


「さあさあ、みなさん!お集まりくだされ!中央都市新人音楽祭への参加をご希望の方は、どうぞ前へ!」


 ——王宮の使いが来ているからだ。


 私達を含め、皆の視線を集めていたのは、天使のラッパの上に片足で立っている、小柄な男だった。道化師のような青い服に、顔と体の殆どが隠れており、帽子からぶら下がっている二つの丸い鈴が、頭を揺らす度にチリンチリンと鳴る。


 先に前に出た楽団が、男から羽ペンを受け取り、彼が手に持っている長い羊皮紙に名前を書いた。メリルは私の肩をがっしりと掴んだまま、それをじっと見つめていた。


「あれが契約書…?」


「そうみたい…」


「文字が赤く光ってやがる…なんか怪しいな」


 親指の爪を噛み、汗をかきながら、ダイダが呟く。ゼトはそれを聞いて、真剣に文字を分析した。


「インクに何かしらの術をかけているのかもしれない…契約を破らない為の術だろうか…」


 すると、道化師の男が再び陽気な声を上げた。


「ちなみに、出演枠は限られていますぞ!参加をご希望の方は、速やかにサインを!」


 私はハッとして、まずい、と呟いた。そして手をブンブン振りながら、他の三人と共に人混みの中を歩く。


「はい!!はい!私達も参加します!」


 ようやく噴水に辿り着くと、男は不思議そうな目で私達を見下ろした。


「おやおや!随分とお若いですな」


 私はゼーゼーと呼吸しながら、笑みを浮かべ、お辞儀をした。


「新人楽団のODDs(オッズ)です…!この度は…よろしくお願いします…!」


「うむ…大いに結構!では、こちらの契約書に、楽団名と団員の名前をお書きくだされ」


 男がそう言って差し出した羽ペンを、私は震える手で掴んだ。ごくりと唾を飲みながら、その先端を羊皮紙にかざす。横でじっと見つめているメリル達も、私と同じくらいドキドキしているはずだ。


 私は深呼吸をして、慎重に楽団名を書いた。


 O…D…D…s…


 砂色の羊皮紙の上で赤く光るその四文字を見て、私達は微笑んだ。そして私は自分の名前を書き、フーッ、と息を吐きながら、羽ペンをメリルに渡した。その次はゼトが。最後にダイダが。


 楽団名の下に、四人の名前が並んだ時、私達のバンドが、ついに形を得たような気がした。


「ありがとうございます!では、次の方、前へ!」


 私達は男に羽ペンを返し、人混みの外側へ移動した。立ち止まった直後、四人が一斉にはぁ〜っ、と大きく息を吐いた。


「やっば…!めっちゃ緊張した〜!」


「ガルシャちゃん、珍しくガチガチだったね…!」


「オメェも震えてただろうがよ!」


「こんなにドキドキしたのは、生まれて初めてだ…」


 私は自分の震える手のひらを見つめ、瞳に火を灯しながら、拳を作った。


「でも、これで…中央都市の舞台に立てる…!」


 それを聞いて、皆も気を引き締めるように拳を作り、情熱に満ちた笑みを浮かべた。その情熱が、私の中の炎をさらに熱くする。


(私達の戦いは、これからなんだ…!)


「おっと!残念ながら、定員いっぱいでございます!受付はこれにて終了です!」


 男の大きな声に、全員が振り向く。間に合わなかったいくつかの楽団が怒りの声を上げるが、男はそれを無視してピョンピョン跳ねた。


「音楽祭は今月末の正午に行われる予定です!参加者は必ず時間通りに来るように!さもなくば、この羽ペンのインクにかけた呪いによって、利き手を焼かれることになりますぞ!それでは、中央都市でお会いしましょう!」


 男はそう言って、ぐるぐると素早く回転し、周囲に風を起こした。突然の強風により、皆が顔を覆い、目を瞑る。そして気がつくと、そこに男の姿はなかった。


 私達はしばらくの間、男がいた場所をぼーっと見つめた。まるで時間が止まったかのように、辺りが完全な沈黙に包まれる。数秒後、ようやく男の言葉が脳の奥まで届き、背筋が凍った。私は目を見開き、周りの人々と同時に叫ぶ。


「えええええぇぇぇっっ!?」


 ざわざわと不満の声が上がり始める。メリル達の声も聞こえる。そんな中、私は何の音も発せず、1ミリも動けずに、ただ立ち尽くしていた。


「焼かれるって…マジかよ…」


 くらぁ…


「エルフの里でも、こんな呪いは聞いたことがないぞ…」


 くらぁ…


「じゃあ…もし、何らかのトラブルがあって、出演できなかったら…」


 その時、全身の力が一斉に抜け、私はふらっと倒れた。三人がギョッと目を丸くする。ゼトが瞬時に動き出し、両腕で私を受け止めた。


「ガルシャ!!」


「ガルシャちゃん!!」


「おい!しっかりしろ!」


 みんなが必死で呼びかけてくる。返事をしようと口を開くが、安心させてあげることも、いつもみたいに冗談を言うこともできない。意識が、遠のいていく——


ーーー


 目を覚まして最初に見えたのは、メリルの泣きそうな顔だった。白い天井をバックに、耳をペタンと畳んで私を見下ろしていた彼女は、パァッと安堵の笑みを浮かべた。


「ガルシャちゃん!よかった…!」


 その声を聞いたダイダやゼトも、私に駆け寄り、視界に入ってきた。


「ったく…ヒヤヒヤさせやがって…」


「大丈夫か?具合はどうだ?」


 私は手で頭を押さえながら、むくりと起き上がる。どうやら私は、ベッドの上で寝ていたようだ。木製の壁でできたこの狭い部屋は、一体どこなのだろう。


「ん…なんとか……ここは?」


「私の行きつけの診療所だよ。ここのお医者さん、色んな種族の人達を受け入れてくれて、とっても優しいの!」


 メリルがそう言った直後、扉がキィ、と開き、知らない男の声がふわっと入ってきた。


「僕の話かな?」


 部屋に足を踏み入れたのは、砂色のシャツの上に古びた白衣を纏う、三十代くらいの黒髪の男性だった。正直、自分と母以外で、黒い髪を持つ人間は初めて見た。彼は半透明な手袋に覆われた手で、クリップボードらしき物を抱えており、素足にボロボロなスリッパーを履いていた。


「あ、ヤックスさん!ガルシャちゃん起きましたよ!」


「よかった。薬が効いたみたいだね」


 ヤックスという男はそう言って、隅っこの机に向かい、木製の丸椅子に腰掛けた。


「私…なんで急に倒れたんだろう。貧血かな…」


「うーん…原因としては、度重なる不安やストレス…それから、過度な魔力消費が考えられる」


 ヤックスのその言葉を聞いて、私は目を見開いた。


「過度な…魔力消費…?」


「そういえばガルシャちゃん、最近モルフ使いっぱなしだったもんね」


「このままじゃ、練習も難しいんじゃねえか?」


 私は息を呑み、ベッドの上で固まった。今までと比べ物にならないくらいの恐怖が、心を襲い始める。中央都市の舞台に立つまで、たくさんモルフを使わなければならないのに…もし、コンディションを改善できず、最終的に音楽祭に出られなくなってしまったら…


「何か、解決策はないんですか?」


 ヤックスに必死でそう尋ねると、彼は机に置いてあった書類を確認しながら、深く考えた。


「一番いいのは、体を鍛えることかもね。肉体が強化されれば、ある程度の魔力消費にも耐えられるようになるはずだ」


「肉体強化、か…」


 私は毛布をぎゅっと握ったまま、顔を顰めて俯いた。前世でも今世でも運動音痴な私には、一番縁遠い言葉だ。そんなことが、果たして可能なのだろうか…?


 すると、メリルが何かを思いついたような表情を浮かべ、手をパン、と叩いた。


「あっ!それなら、うってつけの場所があるよ!ガルシャちゃん運動苦手だから、いつか連れて行こうと思ってたの!」


 私は彼女の言っている意味がわからず、きょとんと首を傾げた。


 そう…この時の私は、まだ知らなかったのだ。これから自分が挑むことになる試練が、どれほど過酷なのかを。


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