第十七話:ビート・ハンティング!
「う〜〜ん……」
「どうしたの、ガルシャちゃん?」
早めに教室に着いてしまったため、しばらく机に両肘をついて考え込んでいた私に、メリルが声をかけた。
「ん?ああ、メリル…おはよう」
「おはよう。朝から考え事?」
「うん…四人目の団員のことなんだけど…」
「もう次の団員のこと考えてるの?せっかくゼトさんも仲間になってくれたんだし、悩むのはもうちょっと後でいいんじゃない?」
「いいや!」
私はバン、と机を叩き、驚いて振り向いた生徒達の視線など気にせず、メリルに燃えるような眼差しを向けた。
「打楽器は楽団の要!私達が前よりタイミングを合わせられるようになったのは、ゼトさんの低音のおかげでしょ?打楽器はその土台をさらに強化させてくれるの!楽団の大黒柱と言っても過言じゃないんだから!」
「でも…打楽器と言っても、たくさんあるし…」
「そこなんだけど…」
私はそう言って、鞄からノートを取り出し、いくつかのページをメリルに見せた。私が描いた様々な打楽器の絵と、それらの特徴などをまとめたリストで埋め尽くされていた。
「私達の曲風に合いそうな楽器を色々探して、この六つに絞ってみたんだ」
「太鼓ばっかりだね…」
「太鼓が一番効果的なの。でも、他の打楽器と組み合わせる必要があると思う。セングとか、フィフィットとか」
セングとは、私の世界で言うクラッシュ・シンバルのようなものであり、フィフィットはハイハットに一番近い。これらの打楽器を太鼓と組み合わせなければ、私が望むようなドラムセットは生まれない。
「つまり…複数の打楽器を同時に扱える人が必要、ってこと?」
「そういうこと」
「そんな人いるかなぁ…」
「学校にはいなくても、この町のどこかにいるはず!ゼトさんだって、学校の外でたまたま見つけた秀才だもの!」
「だけど、一体どこから探せばいいんだろう…」
「それがね〜…」
私達は同時に腕を組み、う〜ん、と頭を悩ませた。
「スカル区なんてどう?」
その時、私達の間からひょこっと顔を出したのは、隣のクラスの女子生徒だった。タレ目とそばかすを持っており、七三分けになっていた短いモーヴピンクの髪は、七の側だけ垂れていて、残りは頭にぴったりとくっついていた。
私は彼女の突然の介入に驚く。メリルの顔が一瞬でこわばった。
「クリッサ…!?」
「そこに住んでるゴブリン達なら、太鼓だけじゃなくて、色んな打楽器を扱えるかもよ?この国で知られている打楽器の大半は、ゴブリンが発明したものだからね」
ニヤリと笑みを浮かべ、滑らかな声でそう告げるクリッサは、まるでチェシャ猫のようだった。
「ゴブリン…」
「気になるなら、大人の男の人を連れて行くことをお勧めするよ。女の子二人でそんな物騒な所に行ったら、どうなるかわからないからね」
そしてクリッサはふふっ、と笑いながら、るんるんと教室を出た。
「あいつ…またガルシャちゃんにちょっかい出して…!絶対わざと危ない場所に行かせようとしてるよ!」
メリルが警戒心に満ちた表情で小さく唸る。クリッサはよく私の陰口を叩いたり、変な噂を流したりしているため、彼女にとっては宿敵に等しいのだ。
私は顎に手を当て、深く考える。
「でもゴブリンか……試してみる価値はあるかも」
「えっ!?ダメだよ!スカル区には決して近づくなって、子供の頃から教わってるじゃない!」
「けど、このままじゃ埒が明かないし、どうせなら上手い人を引き入れたいでしょ?」
「それは…そうだけど…」
「後で父さんと母さんに相談してみる。前みたいにこっそり行ったら、また心配かけちゃうし。ゼトさんに同行してもらうって言えば、二人も許可してくれるかもしれない」
メリルは耳をペタンと折り、ため息をついた。
「…わかった。私もパパに相談してみる」
私はニコッと笑い、彼女の肩に手を置いた。
「ありがと、メリル」
「本当に大丈夫かな…」
「大丈夫だって!私達三人が力を合わせれば、怖いものなんて何もない!」
ーーー
「絶対ダメ!」
私が帰宅し、母に状況を説明した直後、真っ先にその言葉が返ってきた。台所で夕飯の支度をしていた彼女が、わざわざ手を止め、腕を組んで私を睨みつけている。父は相変わらず食卓で観戦中だ。
私は弱々しい表情で手を合わせた。
「そこをなんとか…ゼトさんも、一緒に来てくれるって言ってたし…」
正確には、安全かどうか調べてから考えよう、と言っていたが、行けるのなら一緒に来てくれるだろうと思い、勝手に彼の意見を加えさせてもらった。ごめん、ゼトさん。
「ダメなものはダメ!ガルシャ、あなたもしかして忘れてない?昔、ゴブリン達が起こした大事件のこと」
10年前、スカル区に住むゴブリンの集団が、町の様々な建物に無差別に火を放ち、大火災が起こった。死傷者も多数いたらしい。うちの近所も火事になっていて、避難やら何やらでかなりの大騒ぎだった。
私は少し俯き、頭をかいた。
「もちろん覚えてるけどさ…今は法律も変わってきてるし、ゴブリン達も一般人に悪さをしたりは—」
「だからって、ゴブリンを楽団に引き入れるのはおかしいでしょ!一体どうやったらその考えに辿り着くの!」
「いや…打楽器が…」
「打楽器を扱える人はいくらでもいるじゃない!とにかく、あそこに行くのだけは絶対にダメよ!ゴブリンに声をかけるのも!」
「そんな…!」
私がしゅんとした様子で、首を完全に傾け、腕をだらりと下げていると、父がようやく立ち上がり、声を発した。
「…じゃあ、こうするのはどうだ?」
私と母は同時に彼に注意を向ける。今回も助け舟を出してくれるだろうか。
「俺の知り合いに、ゴブリンの学者がいるんだ。彼も昔は、スカル区に住んでいたらしい。彼の案内付きなら、行ってもいいんじゃないか?」
私はパァッとした表情を浮かべた。
「本当!?」
「ちょっとあなた!いくらなんでもそれは甘すぎるわ!それに、ゴブリンの学者って…」
「大丈夫。彼は信頼できる友人だ。それに、彼にも一人息子がいる。多分、俺以上の親バカかもしれない。必ずガルシャ達のことを守ってくれるよ」
「でも…」
不安そうな母の肩に、父はそっと手を置いた。
「心配なのはわかるが、ガルシャももう子供じゃないんだ。確かに無茶をすることもあるが、今のあの子には、そういう時に支えてくれる仲間がいる。だから、きっと大丈夫だ」
母は数秒間、自分の胸に手を当てたまま俯き、そしてため息をついた。
「…仕方ないわね。でも、もしガルシャに何かあったら、土下座だけじゃ済まさないから!」
父はいつも通り、ニシシと笑った。
「わかってるさ」
すると彼は、あ、そうだ、と言って私の方を向き、ポケットから何かを取り出した。そして私の手を掴み、手のひらにそれを置いた。
「念の為、これも持っていけ」
「これは…?」
父が渡したのは、板チョコくらいの厚さの、赤い長方形の物体だった。
「『火炎石』だ。ほんの小さな欠片でも火を起こせる、ちょっと怖い魔道具だ。これなら使い切りじゃないし、さらに危険な状況も抜け出せるだろう」
私は笑みを浮かべ、瞳に希望の光を灯した。
「ありがとう、父さん!」
「『群青の火種』みたいに、人の為に使うのもいいが、ちゃんと自分の身も守るんだぞ。いいな?」
私は『火炎石』を握りしめ、強く真っ直ぐな眼差しで頷いた。
「うん!」
ーーー
「わぁ…」
メリルと共に、ボアーズタスクへ行った時の雨ガッパを着ていた私は、目を見開き、口を半開きにしたまま、見慣れぬ景色をぼーっと眺めていた。
眼前にたくさんの古い建物が立っており、どれも奇妙に捻じ曲がっている。それらのバルコニーから垂れているボロボロな布には、私の世界で言うグラフィティのような絵が、派手な色の塗料で描かれていた。
そして、そんな建物の間を行き来しているのは、無数のゴブリン。身長は基本的に低く、体格も小柄で、爬虫類のような乾燥した皮膚と、横に尖った耳を持っている。一度にこんなにたくさんのゴブリンを見たのは、人生で初めてかもしれない。
「もう一度言うが、絶対に私の側を離れてはいけないよ。ここのゴブリン達は他の種族を警戒しているからね」
そう言ったのは、私達の前に立つ、丸眼鏡をかけたゴブリンの老爺だった。皺一つないアイボリー色のシャツの上に、綺麗なオリーブグリーンのコートを着ていたため、同族の中でもかなり目立っていた。彼が父の知り合いの学者で、私達の案内人、ゲンズである。
「さあ、行こうか」
彼は両手を後ろに回した状態で、ゆっくりと前に進み始めた。私達は少し緊張しながら、後を追う。
「本当によかったんだろうか…こんな所に来てしまって……君達が危険な目に遭わないといいんだが…」
私とメリルの背後にいたゼトが、心配そうな表情で言った。彼も、フードを被っている私達と同様、頭を布で覆っている。
「確かに…ちょっと怖くなってきたかも…」
メリルがごくりと唾を飲み、私にぴたりとくっついてきた。
「でも、二度とない機会だよ。私達の楽団に相応しい、四人目のメンバーを、ここで見つけなくちゃ」
私は拳を握りしめ、キリッとした眼差しでそう言った。これは絶好のチャンスなのだ。とびっきりの個性を持つ演奏者を引き入れて、私達の音を一気に固めてみせる。




