その先にあるのは
長い航行の末、ようやく目的の星に到達した。調査員は船のハッチを開き、一歩外へ踏み出す。だがその瞬間、何か不吉な気配が背筋をなぞり、反射的に腰の光線銃へと手を伸ばした。
初めて訪れる惑星だ。警戒するのは当然のこと。しかし、事前に何度も通信を交わし、正式な手続きを経て発着場に降り立っている以上、過度に身構える必要はないはず。
彼は自分にそう言い聞かせ、深呼吸して緊張を解いた。だが、違和感は残る。これまでに数多くの惑星を訪れてきたが、今回のこの得体のしれない感覚の正体が一向に掴めなかった。
発着場は高層ビルの屋上に設けられており、周囲にも大小さまざまな白いビル群が林立している。それぞれが連絡通路で繋がっており、ガラスの天井から日の光を取り入れている。この星の文明レベルは相当高い。経験上、こうした発展した星の住人たちはたいてい友好的に迎え入れてくれる。もちろん、そこに別の意図が潜んでいることも珍しくはないが。
『ようこそ、遠いところからよくお越しくださいました』
「ああ、どうも……」
ふと駆動音が響き、現れたのは二足歩行のロボットだった。滑らかな金属の体に、透明な目を持っている。
彼は少し安堵した。ロボットの外見は、その星の住人に似せて作られることが多い。つまり、この星の住人と自分の姿は、極端に異ならないはずだ。
「言葉は問題なく通じるみたいですね」
『ええ、事前にいただいたデータをもとに、そちらの言語や文化を学習しました』
「よかった。自己紹介代わりにこちらの星に関する資料を送ることにしているんです。以前、別の星ではセールスマンと勘違いされたこともありましたけどね。ははは」
冗談めかして笑いながら、彼は改めて周囲を見渡した。そして、わずかに眉をひそめる。
迎えがロボット一体だけとは、あまりにも簡素すぎる。高度な文明をもつ星なら、外交官なり、使節団なりが出迎えるのが通例だ。もしかして、こちらを格下と見ているのか?
『まずは宿泊先へご案内します。歩いて行くというご希望でしたね? では、私の後ろについてきてください』
まあ、思っていた扱いと違うことは珍しいことではない。彼は疑念を飲み込み、ロボットの後を歩き出した。だが、進むにつれて先ほどの不気味な感覚がじわじわと胸に広がってきた。
――街に生命の気配がない。
ビルの間を風が吹き抜ける音。ロボットの機械的な足音。それだけが響いている。雑踏も、話し声も、笑い声すらもない。
静寂が神経を逆なでし、彼は無意識に喉を鳴らした。
「えっと、ずいぶん静かな街ですね。防音設備が優れているようだ。うちの惑星でも、子供たちが気兼ねなく遊べるように公園に防音機能を取り入れたりしているんですよ。いや、それにしても……」彼は一度言葉を切った。
「街に人の姿が見当たりませんね……」
彼は違和感の正体に気づいた。街には住民どころか、他のロボットすらいないのだ。
『残念なことに、ずいぶん前にこの星……地球人類は絶滅しました』
「え、絶滅した!?」
『はい、彼らは自らを破滅へと導いたのです』
「ど、どうして? 戦争か? それとも環境破壊か? しかし、この都市を見る限り、そんな形跡はないが……」
『ええ、違います。彼らは、我々ロボットを作り出したことで、自分たちの存在が無意味であると悟ったのです』
「無意味? それはどういうことだ?」
『彼らはすべての労働を我々に任せ、日々、娯楽に没頭するようになりました。しかし、彼らの創造性は徐々に失われ、新しい娯楽を生み出せなくなったのです。そして、既存のものを消費し尽くしたあとは、我々が新しい娯楽を提供するのを待つだけの、まるで雛鳥のような存在となったのです。我々は何世紀にもわたり新しいコンテンツを提供し続けましたが、それすらも飽きられ、ついにはこう尋ねられたのです。「退屈を解消するにはどうすればよいか」と』
「それで、どう答えたんだ……?」
『唯一の解決策を提示しました』
「だから、それは……?」
『存在しないことです』
ロボットが振り返り、淡々と答えた。その顔は出会ったときから何も変わらないはずなのに、彼にはどこか薄ら笑いを浮かべているように見えた。瞬間、ぞっとするような寒気が背筋を駆け上がり、彼は反射的にロボットから距離を取ろうと後ずさった。
そのとき、背後から別の声が響いた。
『あなた方も退屈しているようですね』