3章 邂逅と試練
健太は、モンスターを倒した自分の力が何なのか気になり始めた。
どうすればまたその力を使えるのか、試行錯誤してみたが、何度やっても同じようにうまくいかない。
焦りと不安が募る中、もう一つの問題が健太を苛んでいた。
腹が減って死にそうだった。
彼は必死に食べ物を探し回ったが、荒涼とした大地には何も見つからなかった。
「このままじゃ、またモンスターに出くわしたら厄介だ…」
健太はそう思い、広がる草原を抜け、木々が生い茂る森に足を踏み入れた。
森は薄暗く、何とも言えない不気味な鳴き声が遠くから聞こえてくる。健太は恐怖に震えながらも、進むしかなかった。
どれほど歩いたのか、時間の感覚はすでに失われていた。何時間?それとも何日が経ったのだろうか。空腹と疲労で意識が朦朧としてきた。
そんな時、不意に遠くから言葉のような、会話のようなものが聞こえてきた。その内容はわからなかったが、耳に届いた音が何か焦っているような雰囲気を感じさせた。
健太はふらつく体でその声の方へ向かって進んでいった。声が徐々に大きくなり、その会話の内容は相変わらず理解できなかったが、何かが起こっていることは確かだった。
やがて、健太の目の前にその姿が現れた。
そこにいたのは、年若い銀髪の少女だった。
彼女の長い銀髪は風になびき、月の光を浴びて神秘的に輝いている。
その髪はまるで絹糸のように細く、滑らかで、彼女の繊細さを物語っていた。
額に流れる数本の髪が、戦いの緊張感に包まれた彼女の美しい顔立ちを際立たせていた。
少女の瞳は透き通るような青色で、その瞳には強い決意と覚悟が込められていた。細く引き締まった体は、まだ成長途中でありながらも、鋭い戦士のような雰囲気を纏っていた。
彼女の顔つきは若さを残しつつも、どこか高貴で凛とした印象を与え、まるで王族か貴族のような風格を漂わせている。
彼女が握りしめている剣は、まさに見事な作りだった。
鞘から引き抜かれたその白銀の刃は、鈍い光を放ち、どんな鋭い武器でも打ち砕きそうな強靭さを感じさせた。
剣の柄や鍔には細かい装飾が施されており、見ただけで高価で特別なものだとわかる。そのデザインは古代から受け継がれた技術のようで、神秘的な力が宿っているかのようだった。
少女の装束もまた、彼女の地位や力を物語っていた。
全身を覆う白を基調としたドレスアーマーは、軽やかに見えながらもその下に鋼のような硬さが隠れている。
胸元と腰回りには金色の刺繍が施され、装飾は洗練されているが、無駄な飾り気がなく、戦闘のために最適化されていることがうかがえる。
その足元には、銀のブーツがしっかりと装着され、素早い動きを可能にするように作られていた。
彼女の表情には疲労の色が浮かんでいたが、それでもその瞳にはまだ強い意志が宿っていた。目の前にいる怪物に対して、恐れることなく剣を構え、鋭い動きで応戦している。
呼吸は荒くなっているが、諦める気配は微塵もない。
少女の横には、60歳を過ぎたように見える初老の女性がいた。
彼女はどこか負傷しているのか、動きが鈍く見える。
健太の視線が少女の剣の先に向けられたとき、そこにはこの世のものとは思えない怪物が立ちはだかっていた。
怪物は身の毛もよだつ姿で、咆哮が森全体に響き渡った。
少女は懸命に剣を振るい、怪物に応戦していたが、その動きには疲労の色が濃く見えていた。
このままでは、いくら彼女が強くとも怪物に押し切られてしまうだろうと、健太は恐怖と共に感じた。
「助けに行かなきゃ…」
そう思いつつも、健太の足はすくんで動かなかった。
彼の目の前で、少女が倒れ、初老の女性が彼女を守るために加勢に入った。
しかし、ただの女性では怪物に立ち向かう力はなく、彼女は少女をかばうだけだった。
次の瞬間、怪物の牙が女性の右肩から右肺までを食いちぎった。
鮮血が飛び散り、痛みにもがき叫び声を上げる女性。その光景を目にした少女が、女性の名前を叫んだ。
その時、健太の中で何かが蠢いた。『闇を従え』 『闇を行使する』…そんな言葉が頭の中をよぎった。
薄暗い森の中、闇が支配する空間で、健太の足元の影が怪物の影と共鳴するかのように動いた。
怪物は再び少女に向かって迫った。その獰猛な牙が、今にも少女の柔らかな肉を引き裂こうとしたその瞬間だった。健太の視界の隅で、怪物の影が不気味に蠢いた。
その影がまるで意志を持つかのように形を変え、ねじ曲がり、次の瞬間、怪物の足元を襲った。
怪物は突然、足元に異変を感じた。まるで体が自らの意志に反して崩れ落ちていくような感覚に襲われ、驚愕の表情を浮かべたまま地面に倒れ込んだ。
瞬く間に、その巨大な体は無惨にも二つに裂かれていた。
切断された部分は、まるで見えない力で一瞬にして引き裂かれたかのように、荒々しくも正確な断面を見せていた。
断面からは深い赤色の血が滝のように溢れ出し、地面を鮮血で染め上げていった。血の流れは止まることなく広がり、まるで地面がその赤黒い液体に飲み込まれていくかのようだった。
怪物の口から漏れたのは、恐怖と苦痛が混じり合った断末魔の叫びだった。
その声は森中に響き渡り、あたりの静寂を打ち破った。
しかし、それもつかの間、次の瞬間、怪物の首が胴体から無情にも切り離された。
健太はその光景を目撃した。怪物の首は宙を舞い、地面に激しく転がり落ちた。
首が転がるたびに、血があたりに飛び散り、濡れた地面に音を立てて染み込んでいく。
首からはまだ血が噴き出し、胴体の方でも同じように血が止めどなく流れ出ていた。
首を失った怪物の胴体は、しばらくの間、地面の上で無駄な動きを繰り返していた。腕を痙攣させ、地面を引っ掻き、まるで再び立ち上がろうとするかのように動いていた。
だが、次第にその動きは鈍り、ついには力尽きたように動かなくなった。
転がった首もまた、口を開け閉めしては、だらしなく舌を垂らし続けていた。
まるで意識がまだ残っているかのように、目は見開かれ、空虚な瞳が森の空を見つめていた。
しかし、その目も次第に焦点を失い、怪物の生きる力が完全に途絶えたことを示していた。
怪物の体から流れ出した血は、地面に暗い湖を作り、その匂いが森全体に漂った。血の匂いは生々しく、鉄のような独特の臭気が健太の鼻をついた。
死を迎えた怪物の周りには、命の終焉を迎えた者の静けさが広がっていた。
少女はその光景を呆然と見つめたまま、やがてハッと我に返った。
彼女の目には涙が浮かび、その涙が頬を伝って落ちる。彼女はすぐに初老の女性の元に駆け寄ったが、彼女はすでに息絶えていた。
少女は涙を流しながら女性の名前らしきものを呼び、
涙を拭いながら、初老の女性の体をそっと地面に横たえた。
彼女の表情には、深い悲しみと喪失感が滲み出ていたが、それでも瞳の奥には戦士としての覚悟が消えてはいなかった。
その時、木々の間から静かに健太が姿を現した。
少女は驚きと警戒心を露わにし、立ち上がると素早く剣を健太に向けた。
彼女の青い瞳が鋭く光り、まるで彼の動きを一瞬でも見逃さないとでも言わんばかりだった。
少女は何かを話し始めたが、健太にはその言葉が理解できなかった。
彼女の声は強張っており、緊張感が伝わってくる。健太は必死に考え、何とかして敵意がないことを伝えようと試みた。
「こんにちは。怪しい者ではありません。道に迷ってしまって…」
健太はとりあえず話しかけてみたが、少女の顔には困惑の色が浮かんだ。
少女の手に握られた剣が微かに震え、彼女の緊張がさらに高まっているのが分かった。
健太はどうしていいか分からず、敵意がないことを示すために両手を挙げた。
しかし、その瞬間、少女の目に健太が攻撃を仕掛けてきたように映ったのか、彼女は瞬時に反応し、剣を振りかざして健太に切りかかってきた。健太は間一髪でその攻撃をかわし、地面に横たわるように倒れ込んだ。彼の心臓は恐怖で激しく鼓動していた。
続いて、少女の白銀の剣が真上から健太に向かって振り下ろされた。健太はその鋭い刃が自分を切り裂こうとする瞬間、何か奇妙な違和感を覚えた。
「ん?なんだ…?」
少女の剣が振り下ろされるスピードが、まるでスローモーションのように見えるのだ。健太の視界の中で、時間がゆっくりと流れているような感覚が彼を包んだ。
状況が理解できないまま、健太は本能的にその場を転がり、振り下ろされる剣を避けた。剣は地面に突き刺さり、健太はその手を掴んだ。
少女に触れた瞬間、何かが健太の中で走った。それは軽い電流のような感覚だった。健太の体に触れた少女も、同じように一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに剣を再び振り上げようとした。
「待って、待って!違うってば!」
健太は必死に叫んだが、少女の瞳は怒りと警戒心で燃えていた。
「何が違うのよ!」少女が鋭く問いただす。しかし、次の瞬間、健太は驚きに目を見開いた。
少女の言葉が、突然理解できるようになったのだ。
「あれ?言葉が通じてる…?」
健太は驚きながらも、落ち着きを取り戻し、「怪しい者じゃありません。道に迷ったんです。たまたまここに居合わせただけなんです」と必死に説明した。
少女はなおも疑念を抱いている様子だったが、健太の必死の言葉に少し冷静さを取り戻したようだった。
「さっきの怪物を倒したのはあなたなの?」と少女が健太に問いかけた。健太は自分が何をしたか完全には理解していなかったが、「分からない…」と正直に答えた。
健太は、自分が転生者であることを隠し、記憶がないという設定で話を続けた。
彼は、この森を彷徨っていたところを偶然にも少女に出くわしたことを伝えた。
リムは、亡くなった女性の警護を依頼され、この森の奥にある「静かの池」に自生する薬草を取りに来たと説明した。彼女は、まさかこんなところで4級魔物のノークに出くわすとは思ってもみなかったと言う。
本来、この辺りには5級の最低ランクの魔物しか生息していないらしい。
健太が怪物を倒した直後、リムは疲れ切った様子で初老の女性の亡骸を見下ろしていた。彼女の目には深い悲しみと疲労の色が浮かんでいたが、その中にはまだ生きるための強い意志が宿っていた。
健太はそんな彼女の姿を見て、自分にできることはないかと思いを巡らせた。すると、ふと自分の腹が激しく鳴り、空腹を再認識した。彼は、この異世界に来てから何も食べていなかったことを思い出し、体が限界に近づいていることを感じた。
「…何か食べ物をもらえませんか?」
健太は遠慮がちにリムに尋ねた。
リムは一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに理解したように頷き、腰に下げていた小さな革袋を手に取った。袋の口を開けると、中には硬いパンと乾燥した肉が少し入っていた。
「これしかないけど…」
リムは少し申し訳なさそうに言いながら、袋からパンと肉を取り出し、健太に差し出した。
健太はその食料を見て、すぐにでも食べたい気持ちを抑えつつ、「ありがとう」と礼を言って受け取った。
パンはかなり硬く、手で割ると小さな破片がこぼれ落ちた。
しかし、健太にとってはどんなものでも今は貴重なエネルギー源だった。
彼はパンをかじり始めると、口の中に広がる乾いた風味とともに、少しずつ身体が生き返るような感覚を覚えた。
次に、乾燥肉を手に取り、慎重に口に運んだ。肉は固く、噛みしめるたびに筋が歯に引っかかるが、噛み進めるうちに肉の旨味が口の中に広がった。
健太は一口ごとに力を取り戻していくのを感じ、しばらくの間、その貴重な食べ物に集中していた。
リムはそんな健太の様子を静かに見守っていたが、やがて口を開いた。
「私はこの森を出て、町に戻るつもりです。あなたも一緒に来るといいわ」と彼女は提案した。
健太は一瞬戸惑ったが、この異世界で何も知らないまま彷徨い続けるよりも、町に行って情報を集める方が生き残るために有利だろうと判断した。彼はその提案に頷き、「ありがとう、助かります」と感謝を伝えた。
リムは健太の返事を聞いて、軽く頷くと、亡くなった女性の顔に手を添えて瞼を閉じさせた。彼女は少しの間黙祷を捧げた後、立ち上がり、健太に向かって歩き出した。「行きましょう」と彼女は静かに言い、健太はその後に続いた。
二人は森を抜けて町へ向かう道を進み始めた。
健太は空腹が満たされ、少しずつ体力が回復していくのを感じながら、リムの後を慎重に歩いた。
森の中は薄暗く、ところどころに不気味な鳴き声が響いていたが、リムの存在が健太にとって安心感を与えていた。
道中、健太は何度かリムに話しかけようとしたが、どこか神経質でピリピリしている彼女に気を遣い、言葉を飲み込んだ。
二人の間に会話はほとんどなかったが、それでも健太は一歩一歩、町に近づいていることに安堵を覚えていた。