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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第79話 父と子と

父さん(・・・)……っ!」


 なぜそう言い放ったのか、彼にもよくわからない。


 しかしウツロは、魔王桜(まおうざくら)の攻撃からわが身を(てい)して自分を守った似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)を、確かにそう呼んだのだ。


 魔王桜は(するど)大枝(おおえだ)を乱暴に引き抜いた。


 そしてそれをわがもとへ引き寄せ、暗黒の世界を()()つように、いずこかへと消え去った。


 あとには、さっきまでの桜の森の空間と、七人の人間たちだけが残された。


 ウツロは瀕死(ひんし)の「父」に()()り、その体を()きかかえた。


「父さん、しっかり!」


「……わしを、父と呼んでくれるのか、ウツロ……」


 似嵐鏡月は血を吐いて、出血した(むな)ぐらを手で押さえている。


「お願いです、父さん! 毒虫でもなんでもいい! 俺は父さんと一緒にいたいんです!」


 ウツロは顔をくしゃくしゃにしてそう(さけ)んだ。


「……完全に、わしの負けのようだ……わしは自分に負けた、だがウツロ……お前は、お前というやつは……」


 似嵐鏡月はそっと、その手をウツロの頭に置いた。


万城目日和(まきめ ひより)は、生きておる」


 一同(いちどう)驚愕(きょうがく)した。


 似嵐鏡月がかつて命を奪ったという、悪徳政治家の娘――


 その名前が確か、万城目日和だった。


「殺したというのは方便(ほうべん)……(かく)(ざと)とは別の場所で、わしがひそかに保護し、お前たちと同じように、育てておったのだ……」


 彼はなぜ、その少女を生かしておいたというのか。


「わしがあやつを始末しようとしたとき、あやつはこう言い放った」


 その技を教えろ、お前を殺すために……!


「わしが死んだと知ったとき、あやつがどんな行動に出るのか、わしにもわからん。わしの代わりにウツロ、お前をつけ(ねら)うかもしれん。あるいは……」


 似嵐鏡月は激しく()きこんで、また血を吐いた。


「父さん!」


「ただ、ひとつだけ言っておこう、ウツロ……お前では、あやつには、勝てん……」


 彼はひどく(あら)い呼吸をしながら、話を続ける。


「ウツロよ、お前は問いかけに解答を見出した……しかしその解答は、やはり問いかけなのだ。お前はその問いかけから、さらに解答を見出(みいだ)さなければならない……その連鎖(れんさ)は果てしなく、終わることのないイバラの道だ……夜はまたやってくるだろう……乗りこえられない夜も、あるかもしれん……しかし、お前の選んだ道なら、進むがいい……迷いに迷って、活路を探すのだ……それがつまり、人間になるということ……そうだろう?」


 似嵐鏡月の口調(くちょう)は、次第(しだい)にとぎれとぎれになっていく。


「わしは、人間のクズだ……だが、最後に、人間に、近づけた気がする……ウツロ、お前のおかげだ……」


 末期(まつご)の言葉だった。


 だがウツロは、決してそれを認めたくはなかった。


「なりません、父さん! 死んではなりません! ウツロは父さんと、兄さんと三人で、また暮らすのです!」


 似嵐鏡月は体を無理やり動かして、アクタのほうを見た。


「アクタ、わが子よ……(おろ)かな父を、許してくれ……息子をともに連れていく、この外道(げどう)を……」


 涙もしとどに、わびを入れた。


 だがアクタは、満足した顔だ。


「なに、言ってやがる、クソ親父……あんたと、行けるなんて、最高の、気分、だぜ……」


 ぼろぼろになった状態で、それでも笑っている。


「はは、お前らしいのう……最後の最後まで、間抜けなセリフを、吐きおって……」


「言ってろよ、人間のクズが……」


 アクタは笑顔で、涙を流した。


「ウツロよ、ひとつだけ、言い残すことがある……」


 「父」は最後の力で、「息子」に思いを(たく)す。


「よいか、たとえ、お前が愛するものを、傷つけられたとしても……(いか)りでわれを、失ってはならん……もし、そうなりかけたときは、わしのことを、思い出せ……この、愚かな父の言葉を、気つけとし、目を覚ますのだ……よいか、それだけは、忘れては、ならんぞ……」


 似嵐鏡月は死期(しき)(さと)った。


「時間だ、ウツロ……お前が()うさまを、しっかり、見届けさせてもらうぞ……地獄の、底でな……」


「いやだっ、行かないで! 父さんっ!」


「さらばだ、息子たちよ……」


 似嵐鏡月は息を引きとる寸前(すんぜん)になって、やっと心が晴れわたっていくのを感じた。


「人間とは何か?」という、自身を生涯(しょうがい)苦しめた問いかけに、わが子が解答を出してくれた。


 自分が(しん)の意味で「父親」になれたような気がしたのだ。


 それがあまりに遅かったとしても、外道のまま旅立つよりは、よいのではないか。


 それがこの男の、世界を愛するがゆえに世界を(のろ)った男が最後にした、思索(しさく)だった。


 最期(さいご)におよんでだけれど、認めることができた。


 息子たちへの愛を――


「父さん……」


 本心など、どうでもいい。


 父さんは俺を、認めてくれた。


 少なくとも、ウツロはそう、確信していた。


「よかった、ウツロ……」


「アクタ!」


 ウツロは今度は「兄」のほうへと()()った。


「俺も、先に、行くぜ……クソ親父と、一緒に、見守ってるからよ……」


 もう力など出ないはずなのに、アクタは顔を上げて「弟」を見た。


「その人たちなら、大丈夫だ……ウツロ、俺の代わりに、お前を守って……」


「もういい! しゃべるな、アクタ!」


 アクタにもまた、最期がやってきた。


 彼は(かたわ)らの南柾樹(みなみ まさき)に視線を送った。


「弟を、頼む……!」


 南柾樹は(だま)って歯を食いしばり、うなずいた。


「もう、なってるだろ……」


「アク、タ……?」


「人間、だぜ……ウツ、ロ……」


 アクタは父に続いた――


 その顔は、ウツロでさえも初めて見る、穏やかさに満ちあふれていた。


「アクタっ、兄さんっ! いやだ、行かないでくれ! 兄さん、兄さあああああんっ!」


 ウツロが絶叫する中、桜の森につどう少年少女たちは、それぞれの思いを、それぞれの胸に宿した。


 そして夜は、白々(しらじら)と明けてきた――


(『第80話 夜明(よあ)け』へ続く)

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