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桜の朽木に虫の這うこと  作者: 朽木桜斎
第3章 そして虫たちは這い出す
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第70話 鉄格子の中のおたけび

龍子(りょうこ)おおおおおっ!」


 星川雅(ほしかわ みやび)の絶叫もむなしく、真田龍子(さなだ りょうこ)はウツロの中へとのみ()まれた。


   *


「う……」


 真田龍子が気づいたとき、彼女は深い、杉林の中にいた。


 ただ、真夜中のように、辺りは暗い。


 キョロキョロと見回すと、前方に日本家屋(にほんかおく)、その右側には小さな畑もある。


「ここは……きっと、(かく)(ざと)……ウツロくんの、心の中なんだ……」


 彼女は不安と恐怖に()(つぶ)されそうだったが、表皮(ひょうひ)に光る緑色の(まく)を見て、弟・虎太郎(こたろう)(みやび)柾樹(まさき)、アクタのことを思い出し、勇気を()(しぼ)った。


「みんな、お願い……わたしに、力を貸して……!」


 真田龍子は(いさ)んで、足を踏み出した。


 彼女がさらに目を()らすと、屋敷の縁側(えんがわ)に誰かが腰かけて、うなだれているのに気がついた。


「ウツロくん――!」


 ウツロ、確かにウツロだ。


 だが「彼」は、真田龍子が呼びかけても、微動(びどう)だにしない。


 それは聞こえていないのではなく、聞こえてはいるのだけれど、応じる気はない――


 そんなふうに彼女は感じた。


「ウツロくん、大丈夫!?」


 真田龍子はウツロに()()った。


「しっかり、ウツロくん!」


 ウツロは顔も上げず、ただただ、うなだれているだけだ。


「ウツロくん……」


 真田龍子の再三にわたる呼びかけに、ウツロはやっと、口を動かした。


「……誰も、俺のことを、わかってくれない……」


「……」


 予想はしていたが、その闇は想像以上に深い――


 慎重(しんちょう)に行動しなければと、真田龍子は自分に言いきかせた。


「……こんなにつらいのに、こんなに苦しいのに……」


「ウツロくん……」


 ウツロの主張は、自分本位のもの。


 しかしそれは、どんな人間でも(かか)えているもの。


「……苦しい、苦しい……俺は、毒虫だ……俺という存在は、呪われている……」


「……」


 苦しいのは誰だって同じ――


 真田龍子の頭にはその思いがあった。


 しかし、言い方というものがある。


 苦しみも個性であるならば、それは名状しがたい事実ではある――


 だが、現実に苦しんでいる人間に、その言葉はあまりにも、重すぎる。


「……なんで、なんでだ……なんでこんなに、苦しいんだ……つらい、つらい……こんなにつらいのなら、いっそもう……生きたくなんか、ない……」


「……」


 苦しみを次々と吐露(とろ)するウツロ。


 その姿に真田龍子は、なんだかだんだん、腹が立ってきた。


「……苦しい、苦しい……俺なんか、俺なんか、生まれてこなければ、よかったんだ――!」


   ぱしんっ!


 ウツロの(ほほ)を、真田龍子の平手(ひらて)()った。


「めそめそすんなあああああっ!」


(『第71話 愛』へ続く)

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